ピーチ姫

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ピーチ姫

 だが私は逃げ足だけは誰にも負けない。  あっという間に逃げ切った。  すぐに変身を解きタクシーに乗り込んだ。  同伴相手の待ついつもの場所へ向かった。 「フゥ……」  すでに背後にはカニ怪人の姿は見えない。  当然だろう。  私が本気で逃げれば、他の追随を許さない。    ようやく約束のオープンカフェに到着した。  もちろんタクシーの運賃など全く持ち合わせなどない。     オープンカフェで老人が笑顔で出迎えてくれた。 「キャッキャッ、ダーリン。タクシー代払っておいて」  私はピョンピョン弾むように駆け寄って、この老人に無心した。 「おお、任せておけ。いくらじゃ?」  こういう時はお金持ちなので役に立つ。  すぐにお付きの看護師がタクシー料金を精算した。  しかし老人はかなり病状が悪いようだ。  鼻カニューレという酸素吸入機を装着していた。  移動も電動車イスだ。  それでも私に会いたいのだと言って同伴の約束をした。 「キャッキャッ! ゴメンね。待ったァ。ダーリン?」  私はいつものように甘えて老人の隣りに座った。肌が触れ合うほど接近していく。 「フフゥン」  老人はまんざらでもないようだ。  私は常連客をみんな『ダーリン』と呼んでいた。  いちいち名前を覚えるのが面倒なだけだ。  しかも少しでも名前を間違えると微妙な空気になる。  この前もキャレット氏をキャロット様と呼んで白い目で見られた。  なので以降、『ダーリン』に統一してからはそういった間違いはなくなった。  それに男性客は自分だけ『ダーリン』と呼ばれていると錯覚している。  私はあざとく彼の太ももに手を添えた。 「ねえェダーリン。ゴメンねえェ。一生懸命走って来たのよ。でも悪の秘密結社の怪人に邪魔されてェ」  上目遣いで甘えると、たいていの男性客は墜ちてしまう。  キャバ嬢の常套手段だ。 「いやァ、なに、来てくれただけで上出来じゃァ。ピーチ姫と会うことだけがワシの生きがいだからな」  老人は満面の笑みで応対し孫のように頭を撫でた。    この老人こそ、かつて政界の黒幕と言われたキングメーカー真神天司(まかみヒロシ)だ。  つい最近まで経済界の重鎮、真神コンツェルンの総帥として君臨していた。  今も絶大な権力を持っているのだろう。  だが病に倒れ余命、数カ月と宣告されたらしい。  万が一に備え、真神の座る席の周りには黒服を着たボディガードたちや看護師が控えていた。   「おおォ、ピーチ姫、今日も一段とキレイじゃのう。まさにプリンセス・ピーチじゃァ!」  真神天司(ヒロシ)は私のことを絶賛し高笑いした。 「フフゥン、さっき悪の秘密結社(ギルディア)の怪人と闘って来たのよ。だからセットも乱れちゃって」  まったく美容代もバカにならない。  それに知らないうちにアザができているかも知れない。 「ふぅむ、ピーチ姫はまだ正義の味方をやっておるのか?」 「だってしょうがないじゃん。他にジャスティスピンクをやる女性(ひと)がいないんだもん」  当然だ。ほぼほぼボランティア活動で報酬はない。
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