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第3話(最終話)黒猫悪魔と新たな日常
黒猫の悪魔、スヴェンは阿部マリヤの前から姿を消した。
――とにかく、一度話し合わなくちゃ。
マリヤはスヴェンを捜し続けた。
まず、猫の集まる公園に行ったが、彼は見つからなかった。
SNSで見た、「ボス猫に探している猫を見かけたら連れてきてほしいと頼む」という方法も恥を忍んで試した。
それから、探し猫の貼り紙も貼った。
しかし、スヴェンが黒猫の姿のまま、この街に留まっているかは疑問だ。
マンションに戻って、誰もいない部屋で一人、ため息をつく。
「スヴェンに会いたい。会って、謝りたい……」
すると、後ろから誰かが抱きついてきた。
「スヴェン!?」
「ごめんなさい、マスター……心配させちゃったね」
スヴェンから話を聞くと、彼は霊体化していただけで、本当はずっとそばにいたということだった。
「二人で話し合いましょう」
マリヤがそう切り出すと、スヴェンはこくりと頷いた。
「私は契約を破棄して、幸運を手放したい」
「契約を破棄したら、僕、もう住む家がない……」
「え? どうして?」
「どうしてって……そういう契約でしょ?」
――ああ、なるほど。ここが二人の誤解点だったのか。
マリヤはやっと合点がいった。
「私はスヴェンをマンションから追い出す気は無いよ」
「僕、幸運を運ぶ以外は何の役にも立たないよ?」
「そんなことない。家事は上手いし、あのお弁当、貴方の愛情がこもってた」
スヴェンはポタポタと大粒の涙をこぼす。
「悪魔に愛情を語るなんて、変な人」
それから、スヴェンは思い切ったような表情で告白した。
「僕ね、契約とか関係なしにお姉さんが好き」
しかし、彼はまた目に涙を浮かべてうつむく。
「でも、自分では何も持ってないから、他人から奪うしかないの」
「別に何も持ってなくてもいい」
マリヤは静かな口調でスヴェンの頭を撫でた。
「私に無理に何かを与えなくてもいいの。ただ、貴方がそばにいてくれるだけで、それでいい」
スヴェンはマリヤの腕の中に飛び込んだ。
それからは、二人は契約を破棄して一緒に暮らしている。
『マスター』と『使い魔』という関係ではなく、対等な関係で新しい日常を送るのだ。
もちろん、スヴェンは男性社員に謝ることになったが、男性社員は彼の話を信じていないようだったので、これはこれで解決なのだろう。
少し嫉妬深くて、愛情表現が激しい、そんな黒猫悪魔に溺愛される日々を、マリヤは過ごしている。
〈了〉
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