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出逢い
誰に言われるまでもなく真面目に生きてきた。他人からの評価、親からの評価が全てで、自分がしたかった事や興味を持ったものを始める手前で捨ててきた。
そんな自分の遺伝子を受け継いでるはずの娘は奔放で、彼女はやりたい事をやっている。音楽だ。
そんな彼女の相棒であるギターが不調のようで、一緒に直してくれる店を捜して訪れた。ギター等販売もしており、修理、初心者向けに教えてくれたりもするようだ。車なら5分もかからないほどの場所に、こんな店があったなんて、地元でも知らないことは沢山あるものだ。
レトロな看板に書かれた英語。レンガ調の外壁。
「こんにちは…」
初めての場所なので恐る恐る入っていく。そこに居たのは、自分がなりたかったような大人の男性で、同性愛者ではないものの一目で憧れた。あぁ、自分は彼のようになりたかったんだ。
長く伸ばした髪を束ね、楽器店らしく楽器が沢山、楽譜などその辺に散らかっていて、足の踏み場を探すようだ。
彼の好きな物ばかりで埋め尽くしているんだろう場所。今時は電子タバコ派が多い中、紙タバコを咥えながらこちらを見て会釈した。
『秘密基地』そんな言葉が相応しい店舗だなという第一印象だった。
「こんにちは、私の相棒直してくれますか?」
彼女は物怖じなく他人に話しかける。
「見せて」
言葉少なに話す人だ。ギターを丁寧に出して娘とやり取りをした後、真剣な様子でギターと向き合い作業用具を取り出す。
「その辺の椅子出して座って待ってて。これならすぐ直るはずだ」
彼に相棒を見てもらってる間、娘にポツリと言ってしまった。
「彼は……カッコイイね…」
彼女は驚いたように私を見る。
「そうね、良太さんは色々と我慢しすぎだからね。いくつになっても挑戦は出来るのよ?」
彼女は母親が亡くなってから私を名前で呼ぶようになった。今では定着している。
彼女の相棒を調整していく音がする。家で聴くよりも良い音だ。
「アンプが違うといい音色。あの子喜んでるわね。私のアンプ安かったからな〜、まだ自分では働いてないからこれでいいの。そのうちいいの買ってあげるんだ。その頃にはきっと私も今より上手く弾けるようになってるから」
自分の娘の考え方が好きだと思う私は親ばかなんだろうか。亡くなった妻の考えに似てると思う。自分とは違う、眩しい存在。
それにしても、我慢し過ぎ…か。子は親をよく見ているというけど、本当だ。始める前に諦めてきたものの一つ、楽器を始めてみようか。この店に来たのもなにかの縁だろうか。
久しぶりの気持ちの高鳴りと共に、目の前の彼に話しかける。
「あの、初心者向けのギターはありますか?」
隣で娘から「やるじゃない」と言う声がした。今から少し、違う自分になっていけるかもしれない。彼にも、演奏を教えてもらえるだろうか。
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