チームにリーシュが合流

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チームにリーシュが合流

 陳麗旭はその夜あまり眠れなかった。学校の寮はいつもと変わらない枕と布団なのに、体がどうもしっくりこない。目を閉じると山辺との会話を思いだす。心音の高鳴りが収まらなくて、胸に手を当てては寝返りを繰り返す。窓から見える星を眺めては目を閉じるを繰り返し、いつの間にか外は薄っすらと明るくなっていった。  ◆  大学の校門近くで昨日の五人が陳麗旭を待つ。昨日は仲間を待つために立っていた場所で今日は一人の中国人女子学生を待つ。  全員が全員、大学の方を向いて待つのではなく、その隣にあるゴシック様式の大きな教会を眺めて待っていた。洪家楼(ホンジアロウ)にあるドイツ侵略時代の建築遺産だ。中国四大聖堂としても知られている有名な観光スポット。教会にカトリック教徒たちが少なからず出入りしている。 「山辺先生、ここに立つとヨーロッパにいる気分ですね」  昨日も羽鳥はここで同じことを言っていたような気がするが、それは置いといて、山辺は陳麗旭を探す。チームの仲間がいる手前、馴れ馴れしく呼ばれないことにホッとしていた。 「写真映えしますねー」  宮本も昨日と同じことを言っている。今日も飽きもせず写真を撮りまくっている。  朝から晴れたいい天気。学生たちも休みなのかどんどん外へと遊びに出てくる。任地の病院と同じで学生の寮や先生の住居が大学の敷地内にあるようで、みんな校門をくぐって大学前の広場に出てきた。  日本料理店で働いていた陳麗旭に突然通訳を頼んだものの、本当に今日来てくれるか心配だった。口約束など有って無いようなもの。言葉がわからなかったとか、用事ができたけど連絡が取れなかったとか、いくらでも言い訳はできる。そもそも遅刻だって当たり前の世界だ。飛行場のバスだって乗車する客が少なければ発車しないのが日常茶飯事だし、どのように時間がズレるかは未知数だった。  時計の針がちょうど十時になった頃、遠くから「山辺さーん」という陳麗旭の声が聞こえた。昨日見たウェイトレスの格好ではなく、そこら辺にいる学生たちと同じシンプルなシャツとズボンといった格好で歩いてきた。  近くまで来た陳麗旭は笑顔でみんなに「おはようございます」と丁寧に挨拶して回っている。その表情、その姿勢すべてが普通に日本人のように見えるほど何の違和感もなかった。 「チェンさん、今日は来てくれてありがとう」 「こちらこそ誘ってくださいましてありがとうございます」  二人してお辞儀をし合う。間近で陳麗旭の顔を見た山辺は、一瞬で胸が痛くなるのを感じた。甘酸っぱい想いと唾液が口内に広がる。二日前に羽鳥を抱いた手前、口が裂けてもそんなことは言えない。羽鳥とは明らかに違う感情が山辺の中に生まれる。たぶん昨日出会った瞬間から、その想いは募っていた。 「ところで山辺さん、私は何をしたらいいですか?」 「あ、伝えてなかったっけ?」  昨日、通訳の目的を伝えていなかったことに全員が気づく。医療のことなど何も知らない大学生に病気の説明はしにくい。すると久保先生からゆっくりと今日出向く施設から、子供たちの状態について日本語で伝えられた。専門用語のいくつかは羽鳥が事前に調べてきた中国語で補っていく。 「なるほど……医療のことはよくわかりませんが、みなさん凄い人たちなんだーと言うことはわかりました。とても尊敬します」 「いやいや」と全員が首を振る。  ただ当たり前なことを支援するだけだと加奈さんが付け加えて微笑んだ。 「可愛い子ちゃんには目に毒かもしれないけど、俺が義肢のデータを取るからサポート頼む」  宮本も続けて言う。義肢装具士が使う重たい荷物を担ぎ直して改めてお辞儀をしていた。 「わたしは書類をまとめるために正確な通訳をしてほしいの」  羽鳥も注文を付ける。中国語ができる女子として日本からわざわざ派遣されて来ているのに、通訳がつくなり全部任せるつもりらしい。 「山辺さんは何を?」 「僕? 僕は後方支援だ。みんな帰ってからが僕の仕事」  普段はここから車で三時間ほど離れた山の中の病院で働いていると告げる。それから子供の義肢は年齢と共に大きさを調整しないといけないから、それを見守るのが自分の役目だと本件の説明を加えた。 「では、山辺さんはしばらくここにいらっしゃるんですね?」 「ううん、任地に戻る。だけどたまには来るつもり」 「じゃあその時、連絡ください。また手伝いますから」 「あ、ありがとう」  山辺と陳麗旭が嬉しそうに喋る。それを見ていた羽鳥があまり面白くないという顔を見せていた。ムスッとした表情で少し頬を膨らませている。 「山辺先生もお喋りはそこまでにして、そろそろ施設に向かいますよ!」  羽鳥が二人の会話に割り込み、口を尖らせて語気を強めて言う。山辺はメールアドレス交換や電話交換をするつもりだったが、それどころではない空気なので諦めた。その代わり陳麗旭には昨日渡した名刺に連絡くれと、それだけ伝える。任地の病院が名刺を作ってくれた手前、病院の連絡先と山辺の身分くらいしか記されていないが、致し方ない。 「記念にみんなで写真でも撮りましょう」  宮本がカメラを近くの観光客に渡して、みんな並ぶように言った。各々が専門家のため、あまり協調性がない並びではあるけど、羽鳥と陳麗旭を中心にその列はできあがった。背景には大きな教会と青い空。六人が笑顔で並ぶ美しい写真が保存される。
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