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「ごらんなさい、あの見事な梁。
神木の家のご先祖様が、御神木を切って作ったと言われています。
400年も経っているのにびくともしません。この家とこの村の全てが隆様のものなのです。何しろ神木家の山と土地の上に、村が立っているのですから。
隆様のお父様は、田舎暮らしを嫌われて出て行ってしまわれましたが、隆様と言う立派な跡継ぎを残してくださった。
これで神木家も安泰、爺やはうれしゅうございます」
家の中を案内しながら爺やは涙ぐんでいた。
囲炉裏で煤けた黒い梁の支える茅葺きの屋根。
暗くて高くて、見てると押しつぶされそうで怖かった。
僕は神木隆、十歳。今日からここで暮らすのだ。
父さんと母さんが突然死んですぐ、父方の祖父の家から使いの爺やが来て、僕をこの家に連れてきた。
僕は死んだ父さんの代わりに神木の家を継がねばならない。
初めて会ったお祖父さんは、病の床から横目でチラリと僕を見た後、天井を仰いで「後を頼む」と言うとなくなった。
おじいさんの体は仏壇のある部屋に移され、家の人たちが通夜の準備を進めている。
「隆様お疲れでしょう、葬儀は明日になります。今夜はもうここでお休み下さい」
そう言うと、爺やはおじいさんがさっきまで寝ていた場所に、布団を敷いた。
「ここで一人で寝るの?」
「はい、ここは御当主様の部屋。代々そう決まっております」
子供の僕は大人に逆らえない。着替えて布団に入ったけど、全然眠れなかった。
見上げると、四角い天井板の木目が全て人の目の形に見える。
おじいさんが最後に見上げていた目だ。
『後を頼む』――でもおじいさん、僕まだ子供なんだよ。
「これからどうなっちゃうんだろう」
涙が溢れて見上げる天井の木目が霞んでいく。
――ダイジョウブダ、ワタシガイル。
不意に、木目が笑った! 天井板のすべての木目が、一斉に目を細めて笑った。
「誰なの?」
僕は思わず悲鳴をあげた。
――ジイヤカラキイタダロウ。ワタシハ、コノイエノマモリガミダ。
「もしかして御神木?」
この天井板も、あの梁みたいに御神木でできてたんだ!
――ワタシハ、キラレルトキ、オマエノ、トオイオジイサント、ヤクソクシタ。
シソンガ、コノイエヲマモルナラ、ワタシモオマエタチト、コノムラヲマモルト。
オマエハ、ココニイルダケデイイ。オマエハ、コノイエノシュジンナノダカラ。
お祖父さんのお葬式に村人全員が集まり、じいやが僕をみんなに紹介してくれたけど、お年寄りばかりで僕は馴染めなかった。
やがて1人また1人と、村人たちは櫛の歯が欠けるように亡くなり、僕が大学に入る頃には爺やも死んだ。
だから大学卒業後はそのまま街で就職し、村には帰らなかった。
◇
「いやあ、いい家だ。今時こんな掘り出し物は無いですよ」
移築業者が感心していた。古民家がブームになり、僕は住む気のない家を売ることにしたのだ。
「早く済ませてください、雨が強くなってきた。嵐が近づいているようだ」
しかし、家が大きいので移築計画をまとめるのに時間がかかり、とうとう僕たちは嵐に閉じ込められ、仕方なくこの家の囲炉裏端で一夜を明かすことにした。
当主の部屋には畳があったが、あの天井の目が嫌でやめておいた。
真夜中にふっと目が覚めた―― 移築業者は眠り込んでいる。
囲炉裏端の火は消えていた。
何かの気配に目を上げる。
そこにあったのは僕を見下ろす目・目・目・目…!
当主の部屋の天井板が、四角い魚の群れのように、僕の上でわらわらと蠢く。
――イエヲ、ステルノダナ。
「僕のものをどうしようと勝手だろ、この家の主人は僕だ。
お前がそう言ったんじゃないか」
――オマエモ、オマエノチチオヤトオナジダ。
チチオヤニハ、バツヲアタエタ。
オマエガ、イエヲマモルナラ、ユルシテヤロウトオモッタガ、ヤハリムダダッタ。
「罰? 父さんたちを殺したのはお前だったのか!」
両親は僕の目の前で雷に撃たれて死んだのだ。
――オワリダ。
天井板の群れが左右に割れ、その真ん中から黒い梁が僕の上に落ちてきた。
その夜、裏山に起きた土砂崩れに飲み込まれ
家は神木村ごと一夜にして消えたのだった。
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