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「完璧よ」マリリンは、いつものベッド・アイズで鏡の中の自分をチェックする。
「誰も、ノーマ・ジーンのままじゃ愛してくれない。男はみんなブロンドが好き。
ぷっくりした唇で、ウェディングケーキの上の花嫁人形みたいな女がいいの。
だけど私の髪はブルネット、唇だって薄い。
だから髪を脱色して、濡れてぽってりした唇にするため、グロスを三重に塗った。
みんなが望む通りの『頭の悪いキュートなブロンド女』の役を、完璧に作あげたわ」
マリリンは愛おしげに、履いていた赤いピンヒールの靴を撫でる。
「私がここまで来れたのはあんたのおかげよ。初めて自分で稼いだお給料で買った、赤いハイヒール。
私に勇気をくれる勝負靴。
いい靴は、履く人を素敵な所へ連れてってくれるって言うわ。
これを履けばどこへだって行ける、何だってなれる気がした」
マリリンは赤い靴の踵を合わせてカツンと鳴らす。
「あんたを履いて『ラブ・ハッピー』のオーディションを受けた時、ヒールのトップリストが取れちゃって、そのまま演技したら、監督が気にいってくれた。『良い尻の振り方だ』って。
それを見たハリウッドのスーパーエージェントの、ジョニー・ハイドが気にいってくれて、彼は私に20世紀フォックスとの7年契約と言うプレゼントをくれたの。
『イブの総て』の娼婦ホリーは私の当たり役、ただの端役にファンレターが三千通も来たのよ。
なのに社長のダリル・ナザックったら、私にろくな仕事をくれないの。
でも私は負けない。必ずナザックを動かしてみせる」
マリリンは靴の踵を、カツンともう一度合わせる。
「今日はマスコミにむけに写真を撮影するから、プレスの人間がたくさん来るわ。私をアピールするチャンス!
これは賭けなの、そして私は勝つわ。
大好きな『虹の彼方に』を歌いながら歩くの。
『オズの魔法使い』のドロシーは、銀の靴を履いていたけれど、私の勝負靴は赤。
踵を3回合わせてドロシーのように願いを唱える」
カツンと三度目の踵が鳴る。
「マリリン・モンロー、あなたはスターになるのよ!」
◇
衣装室で、体にまとわりつくような赤いネグリジェに着替え、マリリンは撮影スタジオまでの六ブロックの道を一人でパレードを始めた。マリリンは歌う。
――どこか虹の彼方の空高くに、夢の国があると子守唄で聞いたの――
「大変だぁ、マリリンがネグリジェで歩いてるぞ!」
スタジオのメッセンジャーボーイ達が見つけて騒ぎ出した。彼らは自転車で、スタジオ中に知らせて回る。
――この虹の向こうの空は青く、そこで信じた夢は全て叶えられるの――
あっという間にスタジオは、歓声をあげる見物人でいっぱいになった。
――いつか星にお祈りした日、目が覚めると雲は遥か彼方に去り、悩みはレモンの雫になって溶ける――
マリリンは歩き続ける。
みんな、窓から乗り出すように見ていた。ヒューヒューと口笛が飛び交う。
「いいぞセクシー爆弾」「もっとお尻振って」「僕の天使!」
無邪気であっけらかんとしたマリリンは、にっこりしながら誰彼構わず手を振り続けた。
――幸せを運ぶ青い鳥が虹を越えて飛んでいく。きっとできるわよね――
空に向けマリリンは両手を広げる。
――自分を超えることが私にも!――
割れんばかりの大歓声の中、マリリンは撮影スタジオの中に入っていった。
◇
まるで凱旋パレードのようだったと、その時のことを、スタジオ幹部の1人は振り返る。
雑誌に掲載された写真は大好評で、「1951年ミス・ピンナップ」に選ばれ、ライフ・ルックにも掲載。
コリアーでは「ハリウッド1951年モデル・ブロンド」に選ばれた。
ここに至り、ついに社長のナダックも動いた。マリリンの出演料アップし、もっと彼女を出演させるよう指令を出す。彼女は賭けに勝ったのだ。
マリリン初の主演映画「ナイアガラ」の中で、マリリンの歩いたワンショットは116歩。異例の長さである。
片方のヒールを4分の1インチ・カットし、わざとバランスを崩してお尻を通常より大きく左右に振って、セクシーに見せる歩き方「モンローウォーク」により、マリリンはスターダムに駆け上がる。
ファンレターは、週に五千通に達した。
同年6月26日。ハリウッド通り、チャイニーズ・シアターの正面歩道に残した、マリリンの両手と靴の型。
その靴の右のヒールは、左より深くくっきりと窪んでいた。
「ふさわしい靴を与えれば、女の子は世界を征服することだってできる」
Byマリリン・モンロー
*参考文献「究極のマリリン・モンロー」ソフトバンククリエイティブ2006年
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