勝負靴(モンロー秘話・SS)赤い靴⑩

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「完璧よ」マリリンは、いつものベッド・アイズで鏡の中の自分をチェックする。 「誰も、ノーマ・ジーンのままじゃ愛してくれない。男はみんなブロンドが好き。  ぷっくりした唇で、ウェディングケーキの上の花嫁人形みたいな女がいいの。  だけど私の髪はブルネット、唇だって薄い。  だから髪を脱色して、濡れてぽってりした唇にするため、グロスを三重に塗った。  みんなが望む通りの『頭の悪いキュートなブロンド女』の役を、完璧に作あげたわ」  マリリンは愛おしげに、履いていた赤いピンヒールの靴を撫でる。 「私がここまで来れたのはあんたのおかげよ。初めて自分で稼いだお給料で買った、赤いハイヒール。  私に勇気をくれる勝負靴。  いい靴は、履く人を素敵な所へ連れてってくれるって言うわ。  これを履けばどこへだって行ける、何だってなれる気がした」  マリリンは赤い靴の踵を合わせてカツンと鳴らす。 「あんたを履いて『ラブ・ハッピー』のオーディションを受けた時、ヒールのトップリストが取れちゃって、そのまま演技したら、監督が気にいってくれた。『良い尻の振り方だ』って。  それを見たハリウッドのスーパーエージェントの、ジョニー・ハイドが気にいってくれて、彼は私に20世紀フォックスとの7年契約と言うプレゼントをくれたの。 『イブの総て』の娼婦ホリーは私の当たり役、ただの端役にファンレターが三千通も来たのよ。  なのに社長のダリル・ナザックったら、私にろくな仕事をくれないの。  でも私は負けない。必ずナザックを動かしてみせる」  マリリンは靴の踵を、カツンともう一度合わせる。 「今日はマスコミにむけに写真を撮影するから、プレスの人間がたくさん来るわ。私をアピールするチャンス!   これは賭けなの、そして私は勝つわ。  大好きな『虹の彼方に』を歌いながら歩くの。 『オズの魔法使い』のドロシーは、銀の靴を履いていたけれど、私の勝負靴は赤。  踵を3回合わせてドロシーのように願いを唱える」  カツンと三度目の踵が鳴る。 「マリリン・モンロー、あなたはスターになるのよ!」  ◇  衣装室で、体にまとわりつくような赤いネグリジェに着替え、マリリンは撮影スタジオまでの六ブロックの道を一人でパレードを始めた。マリリンは歌う。  ――どこか虹の彼方の空高くに、夢の国があると子守唄で聞いたの―― 「大変だぁ、マリリンがネグリジェで歩いてるぞ!」 スタジオのメッセンジャーボーイ達が見つけて騒ぎ出した。彼らは自転車で、スタジオ中に知らせて回る。  ――この虹の向こうの空は青く、そこで信じた夢は全て叶えられるの――  あっという間にスタジオは、歓声をあげる見物人でいっぱいになった。  ――いつか星にお祈りした日、目が覚めると雲は遥か彼方に去り、悩みはレモンの雫になって溶ける――  マリリンは歩き続ける。  みんな、窓から乗り出すように見ていた。ヒューヒューと口笛が飛び交う。 「いいぞセクシー爆弾」「もっとお尻振って」「僕の天使!」  無邪気であっけらかんとしたマリリンは、にっこりしながら誰彼構わず手を振り続けた。  ――幸せを運ぶ青い鳥が虹を越えて飛んでいく。きっとできるわよね――  空に向けマリリンは両手を広げる。  ――自分を超えることが私にも!――  割れんばかりの大歓声の中、マリリンは撮影スタジオの中に入っていった。  ◇  まるで凱旋パレードのようだったと、その時のことを、スタジオ幹部の1人は振り返る。  雑誌に掲載された写真は大好評で、「1951年ミス・ピンナップ」に選ばれ、ライフ・ルックにも掲載。  コリアーでは「ハリウッド1951年モデル・ブロンド」に選ばれた。  ここに至り、ついに社長のナダックも動いた。マリリンの出演料アップし、もっと彼女を出演させるよう指令を出す。彼女は賭けに勝ったのだ。  マリリン初の主演映画「ナイアガラ」の中で、マリリンの歩いたワンショットは116歩。異例の長さである。  片方のヒールを4分の1インチ・カットし、わざとバランスを崩してお尻を通常より大きく左右に振って、セクシーに見せる歩き方「モンローウォーク」により、マリリンはスターダムに駆け上がる。  ファンレターは、週に五千通に達した。  同年6月26日。ハリウッド通り、チャイニーズ・シアターの正面歩道に残した、マリリンの両手と靴の型。  その靴の右のヒールは、左より深くくっきりと窪んでいた。  「ふさわしい靴を与えれば、女の子は世界を征服することだってできる」                    Byマリリン・モンロー *参考文献「究極のマリリン・モンロー」ソフトバンククリエイティブ2006年           
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