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「神様、お願いします。この後の俺の人生、もう後悔しないで済むようにしてください」
十二月三十一日夜の十二時ちょうど。
近所の寺の除夜の鐘が鳴り終わるとともに、俺は人気のない稲荷神社で祈りだした。
歳をまたいだ二年参り。十二時過ぎた新年の始まりに、この神社で誰にも知られずに全財産かけて願えば必ず叶うと、クラスメートの透に聞いたのだ。
「俺の人生今まで失敗ばっかりなんです。そして後悔してずっとそれを引きずっちゃうんです。成功体験なんて一回もありません。高校受験も、クラブ活動も、バイト先もクビになり、決死の告白も振られちゃって、失敗と後悔だけの人生なんです。
どうか俺に後悔のない人生をください。俺の全財産入れますから、よろしくお願いします」
俺ははそう言うと、持っている財布の中身を全て賽銭箱の上にぶちまけた。
その時100円玉が一個、賽銭箱の縁にコツンと当たり、チン、チン、チンと神社の石段を転がりだした。
「まっ待て、俺の百円。全財産でなきゃダメなんだよ」
慌てて追いかける。
百円玉は跳ね続け、表の国道に飛び出した所でやっと捕まえた。
「ヤッター!」
叫んだその時、目の前にトラックがいた。
ドン!
衝撃とともに体が宙に飛ぶ。世界がスローモーションで見えた。
これで俺の人生詰み?
百円玉なんて追いかけなきゃよかった、俺は後悔した。
コツン、百円玉が賽銭箱に当たる――
そのまま跳ねて石段を降っていく。
チン、チン、チン、俺はそれを黙って見ていた。
国道に飛び出した百円玉は、やってきたトラックに轢かれて止まった。
俺はゆっくりと石段を降りて百円玉を拾う。
トラックのタイヤの跡がくっきりと付いていた。
それを賽銭箱に入れて、俺は家に帰った。
◇
「おい隆、二年参りに行って願い事したのか?」
休み明け、学校で透にあって聞かれた。
「うん行ったよ。全財産入れた」
「やりィ、俺の勝ち」
透は、クラスを回って賭け金を集めている。
つまりあれは透の嘘で、俺は騙されたと言うことだ。
だけど、怒る気にもならなかった。なぜなら願いは、本当に叶ったのだから。
冬休みの間、俺は何度も後悔した。その度、俺はあの賽銭箱の前に戻り、人生をやり直した。うまくいくまで。
俺の人生に後悔はなくなったのだ。
それから後は思い通りだった。
どんな馬鹿だって答えを知ってりゃ、テストは満点を取れる。
女の子への告白だって、何遍失敗したってやり直せばいい。
透のやつにも、たっぷり仕返ししてやった。大学、就職、全てうまくいくまでやり直した。我ながら根性だけはあると思う。
そしてついに、就職先の社長令嬢との結婚にこぎつけた。ダメダメだった俺は、夢に見た成功者になったんだ!
◇
でも疲れた――俺は三十歳にもならないのに、繰り返しの中で、すでに百年以上生きている。
無理な背伸びで成功したって、苦労と後悔が増えるだけだった。
お嬢様育ちの女房はわがままで、際限のない要求にため息が出る。
それでも、結婚してすぐに生まれた娘可愛さに、離婚だけはしないでいた。
なのにその子が怪我をして、俺が輸血をしようとしたらできなかった。
血液型が合わない、俺の子じゃなかったんだ。
「文句があるなら、いつでも離婚していいのよ。
でもその時は会社もクビ。あんたの代わりなんかいくらでもいるんだから」
ちくしょう、こんな女と結婚さえしなければ……。
◇
コツン、百円玉が賽銭箱に当たる。
そのまま跳ねて石段を降っていく。
チン、チン、チン、石段の数だけ落ちていく。
何十万回も聞いた音。
財布を握りしめた、高校生の俺が叫ぶ。
「神様、お願いします。もう終わりにしてください、願いを取り消して」
俺は死ぬほど後悔した。そして……
コツン、また百円玉が賽銭箱に当たる。
そのまま跳ねて石段を降っていく。
チン、チン、チン、石段の数だけ落ちたら、トラックに轢かれるだろう。
タイヤの跡を残して。
また、終わりのない始まりが始まるのだ――
了
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