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「お巡りさん、こっちこっち」  夫人に手招きされて、若林裕貴(わかばやしゆうき)がやって来た。  モダンな邸宅が並ぶ閑静な住宅街である。  先導する夫人はフリルのついたピンクの日傘を差しており、いかにもこの辺りに住む金持ちの有閑マダムといった感じだ。 「どこですか? 不審者というのは?」  若林は額に吹き出た汗を拭きながら問いかけた。  梅雨明けしたばかりの蒸し暑い日だった。早く交番に帰って冷たい麦茶でも飲みたい。だが夫人はいたってマイペースだった。「あっちかしら」「こっちかしら」と若林を引っ張り回す。 「あら、おかしいわね」  夫人は立ち止まると、人差し指を顎に当てて小首を傾げた。 「どうしました?」 「どっかいっちゃったみたい」  てへ、と無責任に笑う夫人を見て若林は脱力感を覚えた。 「さっきまでいたのよ、そこに」  言い訳するように夫人は白亜の邸宅の前を指さして言った。 「どんな人物でした?」 「どんなって言われてもねぇ……。とにかく怖い感じの人よ」 「怖い感じですか……」

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