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「よお、亀田」
彼は自動販売機の前で、アイスコーヒーを飲んでいた。安い缶コーヒーをちびちび飲むさまは、とても社長になるような人間には見えない。
「やあ」
彼はいつもと変わらぬ笑みを見せる。
「いよいよ社長か。おめでとう」
悔しさは、ないわけではない。しかし、その祝福の言葉は、心から出た言葉だ。
「最後の最後で、お前には負けたよ」
俺はすでに、子会社の取締役の人事が決まっていた。つまりは、社長への椅子取り競争で、亀田に敗北したのだ。
「お前は、この未来を予想していたか?」
俺の質問に、亀田はしばらくうつむいていたが、ゆっくり口を開く。
「さっぱり」
「はは、そりゃそうだ」
「でも、最後は勝つと、信じていたよ」
そう言った彼の表情は、いつにもなく真剣だった。
「童話のウサギとカメみたいに、周りの奴らにどんどん差をつけられた。それでも、僕はひたすら自分と向き合ってきた。ただそれを続けてきたから、今の僕があるよ」
亀田らしい言葉だなと、俺はそんなことを思う。
「そっか」
少しばかりあった悔しさも、吹っ飛んでしまった。今はもう、清々しさしかない。
「この会社を、任せたぞ」
俺はそれだけ言って、彼の元から離れた。
会社から駅までの道を、とぼとぼ歩く。何十年と通い続けたこの道も、もう歩くことはなくなる。入社した頃は、まさかこんな形で会社を去るとは想像もしなかった。ましてや、最後の最後で亀田に出世争いで負けるなんて、人生は面白い。
目の前のビルに、夕日が沈もうとしている。地球の終わりみたいに燃える真っ赤な夕焼けが、やけに目にしみた。
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