ウサギとカメ

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俺に「部長」の人事が来たのは、俺がこの会社で働き始めて三十年が過ぎた頃だ。驚きはなかった。きっと俺だろうと、慢心ではなく、冷静に考えればそうだと思っていた。そして、喜びという感情は全くなかった。 俺の会社は、このご時世で、批判の目にさらされていた。「ブラック」企業がやり玉にあげられるこの社会で、昭和のやり方を貫いていた企業は、格好の的だった。「ブラック」企業として、この国の「ブラック」リストにあがり、国民の監視の目にさらされ、もはやうかつなことなどできるはずもなかった。しかし、何十年とこのやり方でやってきたこの企業は、急に体質を変えろと言われても、なす術などなかった。部長の人事はただ、泥船を預けられたにも等しい昇格だった。 「一人だけ、引き抜きたい人間がいます」 部長に昇格することを聞いた際、社長にわがままを言った。 「誰だ」 社長は、いつもの気難しい口調で言った。 「お客様相談室の、室長をやっている人間です。今のこの会社を救うには、あいつしかいません」
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