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翌日、親友に昨日の電話が切れてしまったことを詫びる。向こうも何度もつながらず、不思議に思っていたそうだ。
夕凪くんが不意に視界に入り、慌てて目を逸らす。意識してしまえばしまうほどに、態度はぎこちなく、そして夕凪くんに近寄りたくなくなってしまう。でも女嫌いといわれるくらいだし、あちらから――特に私に近寄る理由なんてないだろう。
ひたすら1日、私は視線を外し、相手の視界からも外れるように努力した。
――昨日のは気のせいです、私はあなたのことを一切好きじゃないです、というアピールのつもりで。そうして、なんとか事なきをえて放課後に、私は親友と二人で校庭に立っていた。金網の向こうでサッカーをしている男子たちが騒いでいる。
「山田悟くん、ってどの人?」
私は一緒にいた親友に尋ねる。親友の指さす先にいたのは、ドリブルをしている男の子。じっくり見ると、昨日の朝に廊下でぶつかった男子だ。なんという偶然。
でも胡散臭いと思っていた占い結果に振り回されている自分自身に嫌悪する。でも、連続して起こる奇妙な出来事や偶然に、もし本当だったら?という不安がぬぐい切れない。
「真由、ちゃんと見てる? 部活内でもダントツで上手いんだよ」
確かにさっきから見ているけれど、山田悟くんはプレイがとても上手いように思える。イケメン、というよりかは優しそうな人だ。こんな人が赤い糸の運命の相手だったら、少しだけ嬉しく思う。ただ何も接点がないのに、そして何より別にいまは好きという感情は湧いてこない。話しかけるきっかけがなく、どうしようかと躊躇して今に至る。
「山田悟くんかぁ、本当にサッカーが上手いんだ」
「カッコいいでしょ?」
「そう、かも?」
そう私がつい同意を口にだした瞬間に
「そうなんだ?」
耳元で突如ささやかれた低めの声に、思わず私はカバンを落としそうになった。声の方を振り向くと、そこには夕凪くんが私のほぼ真横に立っていた。
「な、なんで。夕凪くん、どうかした……?」
心臓が飛び出そう、というのはこのことだ。
「西野さん、今日はずっと俺のことを避けてるよね?」
「いや、そういうワケじゃ……ないよ。別に用事もないし、避ける理由なんてないし」
「そうかな? 朝から不自然なくらい、俺を避けてたよね。どうして? 昨日はあんなに俺にアピールしていたのに」
この会話が親友に筒抜けで、ぶわっと羞恥心が込み上げる。
「真由、どういうこと?」と、いう親友の言葉を振り切るようにとっさに夕凪くんの手を掴み、人気のない教室へと押し入った。
「本当に違うの、昨日のは誤解でなぜか連続してたまたま落としただけ。だから、夕凪くんにアピールしていたつもりじゃなくて、絶対に本当に違うから!」
弁解すればするほどに、なんだか苦しくなってくる。逆効果、というのはこのことだろうか。じっと夕凪くんは私に冷ややかな視線を投げたままだ。
「…………」
「とにかく……私、ちゃんと他に好きな人がいるから、安心して! じゃあこれで」
好きな人うんぬんは当然ながら嘘だけれども、そこまでいえば誤解は解けるだろう。けれど、夕凪くんは一瞬だけ眉をひそめた。
「好きな人?」
すると突如、開いた窓からボールが飛び込んできて私の肩に思い切り当たる。なにかとボールがきた方向へと向くと、そこには先ほどドリブルをしていた彼が窓の向こうから顔を覗かせていた。
「ごめん、大丈夫だった?」
「山田くん……⁉ うん……」
よかった、怖かった。これで、助かる。山田くんが一緒にいれば、夕凪くんとはそのうち縁が切れるはず――……私はそう思い、ボールを拾い山田くんへ渡すため窓へと近寄った。すると、肩に手が当てられ、ぐいと身体ごと引かれる。
「痛ッ……」ボールが当たった箇所だったから、思わず私は苦痛に顔をゆがめてしまう。
「俺は大丈夫だけど……西野さん、怪我してるね。とりあえず一緒に保健室に行こう」
そういいながら肩に添えられた夕凪くんの大きな手は、私を捉えたまま離さない。
「え! そうなの? 本当にごめん、いいよ、ボールを当てた俺が責任もって連れてくし」
そうして二人共に提案される。とてもありがたい話に思わず私は――
「山田くん。あの、よければ私を保健室にお願いできますか……」
いまは、とにかく安心かつ安全そうな赤い糸の相手を全力で推す。夕凪くんはそうして何もいわず私の肩から手を離した。
山田くんに連れられ保健室を出る。あのタイミングで、ボールが当たったことで少しだけ山田くんと話をするきっかけができたように思える。まるで何かの糸が裏で動くように。けれど私は見落としていたのかもしれない――大事な注意事項の項目を。
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