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「本日の黒予報です。連日お伝えしている世界黒化現象ですが、依然としてその進行は止まらず、まもなく長野県に到達されると予想されています。付近にお住まいの方々はそれぞれの選択をとってください。続いて、避難情報です…」
世界黒化現象。
それは唐突に現れた大災害…と、世間は称した。
黒化というのは一般的に動物や虫の体の色が黒くなることを指すのだが、今自分たちの身に起きているのはそんな生やさしいものではない。
世界が真っ黒に染まり始めたのだ。
それはもう、果てしない黒。
触れたところから、徐々に染まり漆黒の闇へと消えてゆくのだ。
「この状態に対する手立ては未だ見つかっておらず、政府への不安感が募っています。こころの拠り所ホットラインの電話番号は…」
黒は人と人の心だけではなく、物理的にも断絶してしまった。
心の拠り所なんてたいそうなことを言うけれど、パンク状態で繋がるはずもないのに。
「専門家はこの現象に対し、異常気象が原因なのではないかと…」
黒に染まってしまった人がどうなったかは知る由もない、それに世界の何処でそんな現象が始まったのかもわからない。
死んでいるのかも、生きているのかも、こちらからは確認することができないのだ。
始まりも終わりも見えないこの未曾有の大災害の中で、人間たちはそれぞれの選択を迫られている。
「ベンタブラック、ってネットで見たことあるけどさぁ。…まんまあれだな、笑える」
「笑えないよ」
「お前見たことある?あの真っ黒な塗料。光すら通さないって書いてあった気がするけどさぁ、俺たちもあれの中に落ちていったら…光すら見えなくなるのかな?」
そもそもあの黒い空間に落ちる、という感覚があるのかもわからないというのに能天気なやつだと思う。
狭いマンションの一室で、避難を諦めた僕たちは二人、黒に飲まれることを選んだ。
黒が侵食するスピードは思ったよりも早かった、それは人間が産まれるのよりもずっと、ずっと早かった。
だから政府は諦めた。
国外はもうすでに何個か黒に染まり切った国が出始めている、避難したところで何日生きていられるかわからない。
だって数日前は琵琶湖が黒に染まった、って言ってたのにもう長野が染まったのだから。
「お前さ、エアコンつけてるんだからタバコ吸うなら窓閉めてくれよ」
「それにしても世界黒化現象ってこっかこっか現象みたいじゃないだな」
「は?」
「国家と黒化をかけてんだよ、頭いいだろ?俺」
「バカなこと言ってんなよ、窓の鍵閉めるぞ」
効きの悪いエアコンを気遣ってやろうと立ち上がると、阿呆の同居人は慌てて窓を閉めた。
こんな風に日常だった、煙草の煙が空に消えていくのも、数日すればきっともう見れなくなるのだろう。
少しばかり気取った間抜けな後ろ姿を見ていると、ぴろりんと軽快な電子音が鳴る。
「あ…好きだった配信者が」
スマホから配信の通知が来たのだと思った。
けれどもそれは動画投稿の通知で、大好きだった彼女の最後のお別れのメッセージだった。
あんなに人気絶頂だった彼女も、今では再生数が四桁あるかないか…それもそのはずだ。
彼女を見ていた人達は動画なんて見ている場合じゃない、もしくはもう…
「わたしの心は最後までみんなとあるからね、みんなと一緒にいられてとても幸せだった!…っ、ぐすっ…だからね、最後は真っ白な背景で終わりにするんだ!みんな、さようなら!だいすき!」
そして彼女の姿はフェードアウトし、真っ白な背景だけが残った。
何かが抜け落ちたかのような、何もないサムネイルに彼女の最後の勇気を感じ、そして虚しくなった。
あんなに大好きだったのになぁ、と思うと共に彼女の中の人は大丈夫だろうか、とも。
「何?いつも見てた二次元配信者のやつ?…あ、ごめん」
数日前からニュース以外の番組は放送されなくなった。
テレビに映るのは再放送ばかりで、その再放送のシリーズすら最後まで見れずに沈んでいった人たちが何万人もいる。
「…最後の動画すら見れずにいる人が何人もいるんだ、コメントを残すことができて良かったよ」
「確かにな、お前はラッキーボーイだ」
連日の報道も、御涙頂戴のバラエティも、そのどれもが僕の心には刺さらなかったし、避難すらする気も起きなかったけれど、彼のその一言でじんわりと涙が溢れてきた。
「ごめん…ありがとう、拓人」
「何謝ってんだよ、お前らしくないな…ま、こんだけ侵食されてりゃ感傷的にもなるか」
拓人は昔から前向きだった。
あまり他人との交流を好まなかった僕が、唯一心を開いた人間。
そのあまりの明るさに下ばかり向いて生きてきた僕を、無理やり前に向かせた張本人。
「大丈夫だって!俺たちは飲み込まれても、来世がある!そしたら俺たちきっと…またこうやって友達になるだろ、きっと」
未だ薫る彼の煙草の銘柄は、最後まで覚えられなかった。
そもそも僕は嫌いなのだ、煙草なんてものは。
「…あーあ、どうか神様、来世では拓人が煙草をやめてくれますように」
「そりゃどうもすいませんね」
「いいよ別に、どうせもう数日したら僕たちも黒に染まるんだ。好きなことしてくれよ…法に触れない範囲で」
黒はいろんなものを奪っていった。
好きな配信者、好きだった観光地、場所…唯一頑張っていた勉強も、通ってた大学の教授は大半が避難してしまった為、授業の出席自体ができなくなったせいで特例として全員にほとんど全ての単位が出た。
けれどもその単位の計算すら、数日すればもう必要なくなるのだけれど。
「こんな時まで法律を守ろうとするのは、悠の良いところだよなぁ」
「頭が硬いって言いたいのか」
「違うよ、そんなお前だから俺はここにいるんだってば」
「…そう」
食べ物の供給も著しい制限が入った、それもそうだ、もう日本の半分が黒に沈んだのだから。
たまたまインスタント食品を買い込むタイプの人間でよかった、と思うけれど、たまには料理したものも食べたい。
そうだな、オムライスがいいかな。
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