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友達になったばかりの頃の彼は、ただ音楽が好きなだけの普通の高校生だった。
机の上に置きっぱなしだったスマートフォンに通知が来て、聴いてる曲のジャケットが表示され見えてしまったのだ。
「お前、こんなマイナーなの聞いてんの?え、俺この人が再生数三桁だった頃のスクショ持ってるけど」
最初はなんの自慢だ、と思った。
けれども周りに人が溢れる彼が見せた初めての素顔だということに気づいたのは、そう時間がかからなかった。
ただ彼は純粋で、心の柔らかいところに好きなものを隠したいだけの臆病な男だということを、画面を通さない僕だけが知っている。
グッドもいいねも、高評価も、僕達の間には必要ない。
全部見てきたのだ、あの頃から、今までの彼の人生を。
それは人生を語るには短すぎるような気はするが、もう世界も終わりそうなのだから、このぐらいは驕ったっていいだろう。
「…じゃあ拓人、お前が沈んでくとこ俺が見ててやるよ。西の方から黒に沈んでいるんだから…こう、か」
僕は拓人の隣に座った。
すっかり悲しんだ彼の隣であぐらをかいて、それは奇しくも窓の方を向く様な並びで。
「こうしたらお前の方から黒に沈んでくだろ?そしたらさ…俺はお前を看取ってから沈んでいくわけ、だから何も怖い事なんか、ないよ」
「悠」
「お前ほんと怖がりだよな、見た目で言えば真逆なのにな…ははは」
「でも」
「手でも繋ぐか?」
笑って手を差し出した。
いつもの拓人みたいに笑って、気持ち悪りぃなって振り払うと思ったんだ。
けれども彼はまるで最後の命綱みたいに僕の手を握りしめるから、なんだかこちらまで泣けてくる。
大丈夫だよ、とはもう言えなかった。
明るく快活な彼の、寂しくてどす黒いところが僕の心を蝕んでいく様だったから。
「…なぁ、悠。…さっき嘘言った。…きっとこれが最後の青空で…もうすぐ最後の夕暮れが来る」
「そうだろうな、お前も気づいてたんだ。ニュースのアレ、絶対嘘だよな」
「あんなの、避難所がパンクしないための言い訳だ…もう遅いけど」
そう、あのニュースの予測はきっと嘘だ。
勘がいい人なら気づいている、僕らのいるこの場所はきっと明日の朝には黒に沈む事を。
だからいないのだ、ここには誰も。
それか、いたとしても…全てを諦めた僕たちのような人間しかいないから、静かなのだ。
「俺の人生、輝いてたかな?」
「誰よりも輝いてたよ、拓人は」
それから僕は台所へ向かって、二人分のオムライスを作りはじめた。
その間拓人は最後の夕日を眺めては、好きだった音楽の鼻歌を歌ったり、好きな歌詞をノートに書いたりしていた。
この人はきっと本当に音楽を愛していたのだろう。
その姿は世間が求めた彼とは違ったけれども、僕はその姿を見ている。
だからもう、それでいい。
「ケチャップ大盛り?」
「勿論」
そして食べ終わった僕はカーテンを閉めた。
視界の端に、黒が見えたのだ。
自分たちの予想より、遥かに早かった。
いよいよだ。
これ以上拓人が取り乱さない様に閉められたカーテンの先は、もう二度と世界を映すことがない。
もう空の青さは、彼の髪の毛の色でしか測れなくなったのだ。
お風呂から上がって、パジャマを着て、隣あって眠ることにした。
眠ることにしたのだけれど、眠れるわけなんてなくて。
今この瞬間にも拓人の少しの奥の方では黒が侵食していく。
世界が少しずつ終わっていく。
「ありがとう、悠」
「何がさ」
「俺なんかと友達でいてくれて」
その言葉の裏にはインフルエンサーならではの苦労とか、人気者故の悩みとか、沢山あっただろうけど。
それでも僕は、音楽が好きな彼と友達でいられて良かったと思う。
「こちらこそ、僕のギターを聴いてくれてありがとう」
実家の小さな部屋で二人、ギターを弾きながら歌詞カードを読み込んで歌って、明るい君と、根暗な僕が友達でいたあの瞬間。
そして最後の時まで、世間をときめかせるインフルエンサーとただ孤独な学生が友達でいられるこの瞬間に。
幕が降りようとしている。
「またいつか、絶対、友達になろうな」
拓人は何かを悟り、目を閉じた。
あぁ、彼の背後に黒が。
暗黒が。
どうか連れていかないで、僕の友達を。
何もかも奪わないで。
僕達が何をしたっていうんだ、ただ当たり前に生きて、楽しく生きてただけじゃないか。
「当たり前だろ、僕達…友達だろ!親友だろ!」
僕は思わず拓人を抱きしめた。
きっとこれが最後だ。
怖がりだった拓人は目を見開いて、涙をボロボロこぼしながら笑う。
黒に侵されながら、体の半分が動かなくなりながら、消えていきながら、全てが飲み込まれていきながら。
「またね」
そう言ったのだ。
きっと。
君と過ごした日々は地球から見ればほんの少しの、それこそ一瞬だったかもしれない。
けれど、けれども。
永遠にも思える様なこの時間に、腕の感覚がなくなっていく様な感覚に、僕は終わりを悟る。
彼を抱きしめたところから、黒へ染まっていく。
光が通らない、黒へ。
あぁ、僕はもう君の髪の色すら思い出せなくなるんだね。
「またね、拓人」
それでも僕は、あの青色を…忘れたくはないな。
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