黒の領域

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 俺は大学生だ。そして、大学近くにある学生向けの賃貸マンションに住んでいる。月々3万円、ワンルーム、トイレ、風呂は別で洗濯機は室内設置。日当たり良好、コンビニは歩いて3分。  なかなか良い物件だと思う。俺はいつもの通り授業に出かけようと、支度をしていたのだが……。  何かを見た。長方形の黒。圧倒的な黒があった。まるで、画像の一部を切り取ったかのような黒い領域があった。  一瞬、俺の目がおかしくなったかと思ったので、目をこする。しかし、黒は消えない。まるで製図でも書いているかのように真っすぐな線によって構成された長方形が、俺のベッドの横にある。  人一人がぎりぎり入れるほどの正方形の領域が真っ黒だ。文字通り、黒で中は何も見えない。そして何とも不思議なことに、この黒い領域は、真正面から見ると長方形であるのだが、斜めの角度から見ると、紙面上にある平面の長方形を覗き込んだような黒い領域に見える。そしてこの長方形は厚さがゼロのようで、見る角度によっては、まったくその存在は見えなくなる。  俺はこんなものをこれまでに見たことはなかった。これはいったい、なんだ? モノリスか? 外宇宙からのメッセージなのか? 管理会社に相談するべきなのか? いや、これをどう説明すればいいのか。……そもそも、この黒い長方形は、部屋の一部として扱われるのだろうか? そもそも、これは瑕疵なのか? だとしたら、もし俺が部屋から出るときに、俺が負担して黒い領域を元に戻さないといけなくなるのだろうか?  ……それは、ちょっと理不尽だ。 「とりあえず、写真でも撮っておくか」  俺は、黒い長方形をスマホで撮影しようとスマホをポケットから出した。長方形の真正面に回る。スマホを構えて、撮影を行う。  俺のスマホは黒い領域を暗いと認識したのか、フラッシュが自動で炊かれた。俺は、撮影した画像を見る。  それはごく普通の景色の一部を黒く加工したような画像としか見えない。これを仮にSNSにアップロードしたとしても誰も信じないだろうな、と俺は思った。  俺はそのまま、スマホのライト機能を使って、黒い領域を真正面から見ようとする。  ……やはり、中は見えない。  俺はスマホを黒い領域に近づける。ライト出力は最大だ。何をどうやっても真っ暗で何も見えない。  その状態を俺は冷静に分析した。つまり、光とは、電磁波の一種である。その光が物体に当たると、物体の表面で反射され、その反射された光が目に届くことで、物体を見ることができる。だが、この黒い領域は全く光を反射しない。まるで光を完全に吸収してしまうかのように見える。  この現象で、例で挙げるとブラックホールがある。かのブラックホールもまた、光を完全に吸収するため、その存在を直接目にすることはできない。ブラックホールの周囲では、強力な重力によって光さえも曲げられ、逃れることができない。ブラックホールについてさらに考察を進めてみる。ブラックホールの表面、つまり事象の地平線は、光さえも逃げられない領域だ。その中に入った物質や光は、二度と外に出ることができない。そして、ブラックホールの中心には、無限の密度を持つ特異点が存在する。だが、この黒い領域には特異点があるようには見えない。それどころか、完全に平坦な面を持つだけで、奥行きが感じられない。もし、この黒い領域がブラックホールと同じような原理で存在しているのだとしたら、それは人類には未知の物理現象であることは確実だ。  もしかすると、この黒い領域は、異次元への入口かもしれない。少なくとも人類がこれまでに構築してきた物理学の常識を超えた存在でありそうだ。  しかし、俺の部屋のベッドの横に、そんな不思議な長方形が、現れるとは。  そして俺は無意識に、自らの手を黒の領域へと差し入れた。その心境は無の境地。あるいは、恒常性バイアスというやつだろうか? もしかしたら、日常の象徴であるこの部屋という場所が良くなかったのだろうか。俺は何も考えずに、あっと思ったときには、自らの手をその黒い領域へと入れていた。  黒い領域に、俺の手が入ると同時に、俺の手の感覚が消え去った。まるで初めから手が存在しなくなったかのように、何も感じられない。その時になってようやく、俺はその異様な感覚に恐怖を覚え、手を引き戻した。戻ってきた手は無傷なようだ。手はちゃんと動くし、感覚もある。  いや、遅効性で動かくなったりしないよな?  俺は、この未知の現象に無警戒にも手を入れたことを深く後悔をした。  病院に行くことも検討する。  しかし、なんて説明すればいいのだろうか?  ブラックホールに似た黒い領域に手を突っ込んだので、手の様子を診察してほしい?  ……いや、無理だ。  俺は、手が正常に動くことだけ確認した。 「落ち着こう。とりあえず、忘れるべきだ」  俺は、問題を棚上げすることに決めて、ベッドで横になった。ベッドで横になると、その気持ちよさからか、俺は何も考えられなくなり、眠りに落ちていった。 「はっ!」  俺はそう言って、ベッドから身を起こした。俺が目が覚めた時は、夜だった。窓からは月の光が俺を照らしていた。部屋は薄暗い。  どうやら熟睡していた俺は、ベッドで目を覚ますや否やトイレに行きたくなった。  ぼんやりとした頭でベッドから起き上がった。俺が足を床に下ろし、暗闇の中で歩き始めた時、完全に黒の領域の存在を忘れてしまっていた。部屋が暗かったのも原因だろう。  俺が半覚醒の状態で歩いていると、気づかぬうちにその黒の領域の前に立っていた。そして、一歩足を踏み出した瞬間、俺はその中に入っていったのだ。  一瞬の浮遊感と共に、体は深い闇の中に引き込まれ、周囲の音も感覚も消え去っていった。やがて意識も薄れて、全てが闇に包まれた。
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