わん、わん、わん。

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わん、わん、わん。

 夕方、娘を迎えにいくのは私の役目だった。朝は夫が彼女を保育園に送り届けてくれるので、迎えるのは私。そういう役割分担を決めている。  今日は朝からずっと晴天だった。六月のはじめ、梅雨が始まったらこうはいかないだろう。朝干した洗濯ものを、帰ったらすぐに取り込んで畳まなければいけない。多分、今日ならば乾燥機にかける必要もないはずだ。 「紗里(さり)ー、迎えにきたわよー」 「ママ!」  保育園に行けば、通路の奥から娘がぱたぱたと駆け寄ってくる。彼女も五歳になった。走るたびに揺れる、ツインテールと苺の髪飾りが可愛らしい。飛びついてきた彼女を抱き寄せつつ、すぐそばにいた男性保育士に尋ねた。 「いつもありがとうございます。今日は、何か特別なことはありませんでしたか?」  私がそう尋ねるのには理由があった。昔から、紗里はちょっと不思議な能力があるのでは?と感じることが多々あったからだ。例えばみんなで鬼ごっこをしている時に突然立ち止まって地面を見たと思ったら、何もない箇所をじっと見つめて“くろがいる”と言ったりとか。逆にお昼寝の時いつまで過ぎても寝ないから保育士が声をかけたら“てんじょうにおにがいるの、みてないとだめなの”と言ったりとか。  彼女がなんらかの精神疾患を患って幻覚を見ている――わけでないのなら、特殊な力で見えないものが見えている可能性が高いだろう。実際過去には、デパートで本人が泣いて嫌がるから二階ではなく三階のトイレに行ったら、二階のトイレで変質者が出た騒動があた、なんてこともあったのだ。  彼女に見えているもの、見えていることがいいものなのかそうでないものなのかはわからない。しかし唐突によくわからないことを言い出すので、周囲を困惑させるのは確かだ。他の子との不和の原因にもなるかもしれない。そのため保育士たちには事情を打ち明けて、よく見ていて貰うように頼んでいるのだった。 「いえ、今日は普通にお友達とお絵かきしていましたよ。お昼寝もぐっすり眠れていたようですし」  若い男性保育士は笑ってそう言った。 「あ、ただ……ちょっとだけ気になることを言っていたかもしれません」 「気になること?」 「はい。えっと、雨といっしょに来るとか、なんとか」 「雨……?」  明日の夜から、雨の予報が出ている。一体何が来るというのだろう。私は急に不安な気持ちになったのだった。
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