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プロローグ
プロローグ
(ぼんやりと覚醒して来た。ここはどこだ? 真っ暗だ。頬に堅くひんやりした感触が伝わる。板の間? スーツのまま眠ったようだ)
そうかここは我が家のフローリングのキッチン。まだ夜が明けてないかな? ああ、体中が痛い。段々思い出して来た。昨晩、街で五木法律事務所の同僚と飲めない酒をいつになく沢山飲んで、多分吐いて、深夜に何とか自力で自宅の玄関までたどり着いて・・・・・・。ああ、思い出した。パジャマ姿の妻の五木舞理子の呆れ果てた顔。あれはかなりご立腹だった。その後、水を求めて何とか自力でキッチンまでたどり着いて・・・・・・。覚えてないけれどそのまま寝落ちしたようだ。ああ、不快だ。体が異様にべたべたしている。まだ春なのになあ。脂性になったかもしれん。僕は最近太ったし。とにかく最初にすべきことは、舞理子に謝る事だ。ああ、気が重い。あれっ? なんか地響きがするような?
― どどどど。どどどど。どどどど。
緊急地震速報のマナーモード(?) 既に床は揺れている。どたどたと。
「きゃあああああああ‼」
おお、その舞理子の叫び声。彼女も最近太ったし、そのせいか、いつも以上に耳をつんざく大きな声だ。どたどたと大柄な彼女が走ってくる。地震で舞理子がパニクっている。ここはとにかく避難すべし。
なんとか、我が家の大型冷蔵庫の陰に避難することができた。ここなら安心だ。
(ん? 冷蔵庫の陰?)
そうかまだ夢の中か。そう言えば昨晩飲みながら、カフカの名作『変身』の話を同僚としていた。朝起きると自分が毒虫になっている話。ああいう話は寝る前にしてはいけないな。
「あんな話良く書くよな。思いついても普通文章には書かないと僕は思うんだよ」
昨晩、僕はそう言いながら、そういう事がもしかしたら現実にあるかもしれないと脳内で強く思っていた。空想や想像をする余裕もなく、毎日仕事という現実だけに追われている僕にとって、酔わなきゃ決して陥らない思考パターンだった。
(しかしこの夢長いし、妙にリアルだなあ)
ため息をつきながら、そんなことは良いから、とにかく夢から醒めよう
(あれ? 指はどれ? どこ?)
確かに指の感覚はあるのだが、指が視界に無い。と言うか眼鏡が無いせいか、目がボヤっとして良く見えない。まだ酔いからも夢からも醒めていない様だ。しかし、体は結構安定していてさっさと身軽に移動できている気もする。サカサカ心地よく足音を立てて、動き回っている自分に気づいたのだ。うーん、気分はいいな。意外と体は軽い。頭もすっきりだ。そうでなければこんなにいろいろ考えない。普段の僕はあまり考えていなかったことに気づかされる。
(二日酔いは大したことないみたい。早く夢から覚めねば)
「眩しい!」
そこにキッチンの窓から朝日がすっと差し込んだ。こんな強烈な光は生まれて初めてだ。思わず僕は飛んだ。飛べた。
「あれっ? 飛んでいる?」
(なわけないだろ。ひどい二日酔いだなア)
見事に着地に成功したキッチンのステンレスに黒く光った甲虫が映っている。おいおいやめてくれ。ゴキブリかよ? 勘弁してくれ。舞理子が殺虫剤まいたばかりだろ。
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