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パニックになった理由
蒸し暑い夏の夜だった。
俺は虫の鳴き声をBGMにして、車の中で肝試しに向かった仲間三人を待っている。というのも、何かで腹を下したのか体調が悪かったので、車で待つことにしたのだ。
運転席に座って、開けた窓から入ってくる生温い風を享受している。だるい、暑い、いったい誰が肝試ししようだなんて言い出したんだったか。
山の中にある廃病院は不気味に白く浮かび上がっている。隙あらば吸血しようと寄ってくる蚊を叩いたつもりが、避けられた。舌打ちした時、仲間が走ってくる。
「うわあああ!」
顔を蒼白にした仲間が一人、二人、三人……車体に体当たりする勢いでドアを叩いた。あわてて開けるといっせいに中へ雪崩れ込んでくる。
「どうし……」
「いいから!いいから出せ!」
完全にパニックになった仲間達に促されるまま、車のギアを入れて発車させた。後ろを確認しようとバックミラーに視線を移して俺もパニックになる。
車の速度を上げる、上げる、上げる。とにかく麓まで、人間がいる場所に逃げてしまいたかった。
「──で、それが事故の原因?」
「はあ」
煮え切らない俺の返事に、警察官がけげんな表情を浮かべた。スピードを出しすぎたために山道のカーブで曲がりきれず、木に追突した。事故の経緯としてはそうなるのだろう。
幸い、怪我はしても亡くなった人間はいなかったのでこうして警察署に呼び出されて聴取を受けている。
「体調が悪かったのなら、幻覚でも見てパニックになったのかもしれないな」
「幻覚、だったんすかね、仲間は肝試しに行って幽霊見たって。俺も……」
「君ね。もう大学生なんだからしっかりしなさい、今回は初犯だから厳重注意だけにするけど廃墟とはいえ無断侵入は犯罪なんだ、本来なら逮捕だよ」
しかめつらしい顔をした警察官に説教と、罰金の振り込み用紙を受け取り警察署を出た。
俺は釈然としない気持ちで息を吐く。パニックになった原因は、バックミラーを見た時、明らかに一人多かったせいなのだ。
肝試しに行った人数は、俺を含めない三人。なのにバックミラーに映っていたのは四人だった。顔も、性別も覚えていない、四人め。
俺がそいつと離れたかったので車のスピードを上げた。警察官に言っても信じてもらえなかったのはすっきりしないが、唯一の救いは車が廃車になったので、いわくつきの車に乗らなくていいこと、だろうか。とにかく肝試しはもうしない。
次にパニックになっても、無事でいられる保証はないのだ。
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