第三話 美代の猫

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第三話 美代の猫

 奥野はまだまだ話したそうだった。龍郎ももっと詳しく聞きたかったのだが、そのとき、足音が近づいてきた。  ふりかえると、花影だ。 「奥野さん。今夜の献立、どうしますか? そろそろ下ごしらえしないと」 「あら、ごめんね。今夜、お客さんたちはどうするの?」  後半は龍郎に聞いてきたらしい。 「できれば、ここに泊めてもらえればいいとは思ってますが」 「じゃあ、人数に入れとくわ。行ってらっしゃい」  奥野はポンポンと龍郎の背中を叩いて送りだす。  なんだろうか?  花影はほんとに献立を相談しにきただけなのか、それとも、おしゃべりな奥野から何かしらの秘密がもれないように見張っていたのか? (美人だけど、影があるんだよな)  妙に気になった。  この家、下井のこともだが、思っている以上に複雑な人間関係が渦巻いているのかもしれない。  とにかく、外の道へ出た龍郎は山の上の寺をめざして歩きだす。それにしても、猫の多い島だ。あちこちの道端や塀の上に猫がのんびり昼寝している。  いったん、三又になった坂道のところまで帰らないといけない。左手のこの崖の上の道は、浦主家で行きどまりだ。  坂道まで向かうためには、東屋のよこを通らなければならなかった。その前にさしかかったとき、東屋の石のベンチに寝そべった猫が見えた。とても大きな猫だ。オス猫だろうか。全身が真っ白で、瞳が青い。  しかし、その猫を見て、龍郎はギョッとした。  片目がない。右目だ。いびつにゆがんだ穴から黒い眼窩(がんか)がのぞいていた。 (この島の猫には片目がないっていう、アレか?)  ほかの猫にはみんな異常はない。片目なのは、この猫だけだ。オス猫にしても異様に大きいこともあり、不思議な印象があった。猫なのに、オーラというか、貫禄がある。  その白猫が王様のように優雅にベンチにすわり、尻尾をゆらしながら、龍郎をながめている。  龍郎はひきよせられるように近づいていった。  猫はおびえるようすもなく、龍郎を見返している。が、龍郎がその頭をなでようと手を伸ばすと、とたんにベンチをおりて、どこかへ行ってしまった。 (大きな猫だったな。それに首輪をしてた。飼い猫だよな。あの目はどうしたんだろう? 病気かな?)  気になったが、時間をムダにはできない。  東屋じたいからも少し匂いを感じたものの、とにかく寺へと急いだ。三又まで来ると、そこから今度はまんなかの道を進む。  山の手まではけっこうな道のりだった。小さな山というか、大きな丘というか、そのていどの大きさだが、目前に来ると石段がかなりの数だとわかる。千まではないものの、六、七百はのぼらなければならない。  山のふもとに廃墟があった。昔はけっこう羽振りのいい人の屋敷だったのかもしれない。今は見る影もなく、屋根はかたむき、柱は折れて、土台もくずれていた。庭木が鬱蒼(うっそう)と茂り、雑草も伸びほうだいだ。門も扉がバラバラになり、むろんのこと表札も読めない。  龍郎は視線を山に戻し、石段をのぼる。石段の両側は棚田のようだ。田植えにはまだ早い時期なのか、稲は植わっていない。放置されているように見える。それも、ここ数年という感じではなかった。よく見れば用水路が枯れている。これはもう長いこと田んぼとしては機能していないようだ。土地が階段上になっているから、棚田だったのだと推測できるていどだ。  石段をあがると、大きな山門があった。扉はあけはなされている。門のなかに本堂と離れが見える。門のよこには大きな桜の木があって、今が満開だ。 (うわ。キレイだな。こんなに大きな桜は島のなかには、ほかにないもんな)  山の上から島を見渡すと、かなりの数の桜の木や並木もあった。それでも、もっとも立派なのはこの寺の桜だ。しだれ桜である。絵に描いたように美しい。  寺のなかにはたくさんの墓石があった。桜にみとれていると、墓のほうから人声がする。 「おや。お客人ですかな?」  見れば、年の見当がつかないほどの老人だ。浦主家で会った山形は七十代だろう。しかし、この老人は少なくとも八十はとっくに越えている。あるいは百にはなるのか。作務衣を着ているので、寺の住職だとわかる。 「初めまして。住職ですよね? じつはお話を聞きたくて参りました」 「話ですかな?」  高齢だが、耳は遠くない。これは助かる。 「浦主家のことなんですが、よろしいですか?」 「浦主か。あそこはいかんなぁ」 「いけませんか」 「いかん! 豪太郎もいかんかったが、宗太郎はとくにいかん」 「宗太郎さんですか」 「うむ。宗太郎は祟りを恐れて、美代の猫を殺してしまった。あの家に猫の呪いがかかるようになったのは、そのせいだ」  いきなり核心をついてきた。 「猫の呪い。その話、くわしく聞かせてもらえますか?」 「よかろう。ついてきなさい」  本堂か離れにでも行くのかと思ったら、住職は墓地のなかへと入っていく。龍郎は神経の図太いほうだと自分でも思う。しかし、昼間に見ても心地よい風景とは言いかねる。なぜなら、墓所には、どんよりと瘴気(しょうき)がよどんでいたからだ。 (まったく、あっちやこっちや、いろんなとこに邪気がしみついてるなぁ)  住職は墓石のあいだをとおり、奥まったあたりにある古い小さな墓の前に立つ。 「これが美代の墓じゃ」
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