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11 次に目が覚めた時、世界はきっと……
その晩、私は自室で小躍りでも始めたい気分だった。
コウ君はあの後、支店長室に呼び出され、そのまま即帰宅してしまった。どうやら、私と彼の関係は一方的かつ強引なものだと断定されたようで、追及を受けたらしい。
きっと人事評価はボロボロだ。これでは昇進なんてとんでもない。
実のところ、私たちは表面的には相思相愛の恋人関係であったから、根掘り葉掘り調査されてしまえば、コウ君の一方的な無理強いではなかったのだと判明するだろう。けれどそれを待たずしてコウ君は、破滅を迎えることになるはずだ。
薄暗い部屋の中、スマホの四角い画面から発せられる強烈な光の中、文字と写真が浮かび上がっている。
——恵さん、私はあなたの旦那の婚約者です。
添えられた写真は、顔を隠した私とだらしない顔を晒したコウ君の、秘密の写真。他人に見せるのが憚られるような類の物だ。
SNSで見つけたコウ君の奥さん、溝沼恵。SNS経由で彼女の趣味がヨガだと知った私は同じスタジオに通い、知人となり、連絡先を交換した。
恵さんは私とは対照的な、活発でずばりと物を言う性格の人だった。コウ君はどうして彼女のような人を好きになったのだろう。私とは全然違うのに。
恵さんは社交的だから、私ともすぐに打ち解けて、今では友達と言っても良い関係になったと思う。もちろん、仮初の、だけれど。
そして昨晩、彼女へのメッセージを作成し、ちょうどコウ君が帰宅するであろう時間に合わせて送信予約をした。
今頃修羅場が始まっていることだろう。なんて愉快な夜だ。
私は上機嫌でキッチンに向かい、冷蔵庫を開く。
普段は飲まないけれど、今日は気分が良いのでビールを取り出した。コウ君が来た時に飲むために買った六本セット。
プルタブを引き、内容液を一気に喉に流し込む。アルコールの熱が喉を焼き、胃を燃え上がらせる。
忍び笑いが止まらない。
コウ君の昇進の梯子は真っ二つに折れた。それどころか、現在の地位すら危ういだろう。どこか僻地の支店に左遷されるかもしれない。いかに優秀な若手とはいえ、代わりはいくらでもいる。そして何より爽快なことは、確実に、新婚夫婦の仲には修復不能な亀裂が走っただろうこと。
私は缶ビールを傾ける。
他人の不幸は蜜の味というけれど、言い得て妙だ。好きでもない、苦いだけのビールが甘ったるく感じるほどに。
コウ君は危うく、私の人生をズタズタにするところだった。だから私は先んじて、コウ君の人生を破滅に追い込んだ。
純粋な良い子であった私は、人の不幸に歓喜する汚れた人間へと羽化したのだ。けれど後悔なんてない。
純粋な私の汚れた復讐。これは嘘のような、本当の話。
ああ、愉快すぎてむしろ反吐が出そう。もう一本ビールを開ける。それもごくごくと飲み干した。
視界が混濁する。きっとお酒の飲み過ぎだ。私は眠気に抗えず、冷えた床に横になる。冷蔵庫の横に、缶ビールを握ったままの青白い腕が転がっている。
次に目が覚めた時、世界はきっと……。
<完>
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