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1 これから語るのは
社内恋愛禁止。
この時代、そんな古臭く明文化すらされない社則が未だに実在するなんて、学生時代には思ってもみなかった。年号が令和に変わり数年経つけれど、今や化石にでもなっていそうなその暗黙の了解は、一部の場所では辛うじて息をしているらしい。つまり、私が勤める会社のような古風な企業では。
社内恋愛の末、人事評価にバツを食らい、自らを破滅に追い込んだ諸先輩方の噂話を、入社以降頻繁に耳にした。だからこそ、その恐ろしさは身近なものとして知っていたはず。それなのに私は、まるで抗えない魔力に引き込まれたかのように恋に落ちた。
いいや、社則違反と言えども、ただの社内恋愛だったならば、人生がここまで破壊されることはなかっただろう。
まずかったのは、社則と同時に法にも触れてしまったこと。私が恋した相手は、二股をかけた挙句、気づいたら既婚者になっていたのだ。しかもそれを、私はずっと知らなかった。社会に出たばかりの純粋な私は、彼が囁く甘い言葉を無条件に信じ、盲目的に恋をしてしまった。
今思えば愚かにも程がある。社員情報として、配偶者の有無は登録されているはずで、知ろうと思えば情報を得ることができたはずなのだ。
それなのに私は、彼のことを探ろうとは思わなかった。なぜかと問われれば一つには、彼は隣の部署のチームリーダーであり、新入社員に毛が生えた程度の私が親密げに話題にしては、不自然に思われてしまうだろうから。けれど一番の理由は、彼のことをほんの一寸たりとも疑わなかったからだ。
だからこれは、私の愚かさが招いたことで、どんな結末を迎えても自業自得とすら言えた。ところが運命は、私に奇跡をもたらした。
幸福の絶頂に至り、奈落の底に落とされて、そして華麗に復讐を遂げる。
これから語るのは、作り話のような、本当のお話だ。
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