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「?」
「シンシア……その笑顔は禁止」
「ええ? なんでです!?」
「なんでも」
「それなら先輩も笑顔を禁止に……なんでもないです」
「あら。良いことを聞いたわ」
「わ、忘れてください!」
「イヤよ(そもそもシンシアにしかこんな顔しないわよ。気づいてなさそうだけど)」
「うう……」
今の姿はヴィンセント先輩が毎日のように髪型や服装、メンタルケア、姿勢などのレクチャーのおかげであって……。思わずヴィンセント先輩の言葉に反応してしまったけれど、笑顔を独り占めしたいってバレてないよね?
「へえ。あのヴィンセントがね」
「ローレンス。要件はそれだけ?」
ジト目で睨むヴィンセント先輩に、ローレンス先輩は両手を挙げて「まさか」と笑っている。王族らしい堂々とした立ち振る舞いはもちろん、華のある方だ。
「ヴィンセントは普段目立たない姿をしているくせに、森に素材に行く時は決まって素顔を見せるから、学院内では生きる伝説にされているのは知っているだろう」
「知らないわよ」
「知りませんでした」
「とにかく君は有名なんだ。それも今回は謎の美少女とペアを組んでいるからね。そちらのご令嬢が何者か気になっている生徒が沢山いるってことだ」
「私。……というかまだ誰なのか気付かれていなかったんですね。喜ぶべきか、凹むべきか」
「喜ぶべきじゃないかな。今後どのような学院生活を送るか考える時間があるのだから。ヴィンセントのように普段は目立ちたくないから、わざと地味で目立たない生活をして周囲と距離をとるやり方もあるし、僕のように目立つのを是として開き直ることも大事だ。君はどのように考えている?」
先輩らしい忠告に、力強く頷いた。
外見が良くなれば手のひらを返して、声をかけてくれる人が増えるだろう。噂も収束しつつあるなら、また別の煩わしさが生じる。
けれど私はちやほやされたい訳じゃない。レックスと婚約破棄して、ギャフンと言わせてやりたい。見返したいから、変わろうと思ったのだ。
そう考えること自体、不純な理由なのかもしれない。……それに復讐しようにも、自分が変わってギャフンと言わせるってことだけしか考えてなくて、まったくのノープランなのよね。
ヴィンセント先輩が手を打ってくれた婚約破棄の計画以外は、何も考えていないのはまずいと思いつつも、図書館の本に夢中になっていてすっかり忘れてしまったのだった。
***
第十三区域の森での生活にも慣れた頃、夏休み前の期末テストの日が刻々と迫っていた。勉強は問題ないが、今考えなければならないのは、今後の身の振り方だ。
今まで通りでテストを受けるべきか、それとも自分が変わったことを知ってもらうために変わった姿を見せるべきか……。うーん。
「シンシア。今日も可愛いわね。うん、今日はもう少し森の奥にあるレストランに行ってみない?」
「れすとらん……え?」
図書館のある湖よりも霧深くにある大樹の傍にレストランがあるという。
こんな危険区域な森にレストランがあることに驚いた。いや、図書館や珍しい店もあったので今さらかもしれないが、それでもレストランというのはビックリだ。
図書館は叡智を秘匿するためで、珍しいお店は入手が難しい素材の買い取り……って感じで一定装の強さを持った者が許される場所って感じだったけれど、レストラン……。あ、もしかして貴重な食材だから、来店者を制限するため──とか?
千年樹に小洒落た扉があり、そのドアの向こうには《シュレディンガー黒猫店》という特別な空間のレストランへと繋がっている。
調度品など白と緑で統一され、開放感のある不思議なレストランだ。ウエイターからシェフまでみな二足歩行の猫で、全員が長靴を履いている。
猫人族というらしく、あまりにも愛くるしい姿に、早くもこのレストランのファンになってしまいそうだ。すでに列ができていて、私たちは三番目の客みたいだった。入り口にある3のカードを手に取ると私と先輩は近くの待合椅子に腰を下ろした。
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