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失恋と新しい環境に馴染めないことで凹みまくったが、辺境地から送り出してくれた両親と、旅をしている兄のことを思い出す。
過保護な両親や兄を説得してやっと魔法学院に入学したのに、今回のことを伝えたら「戻ってきなさい」と言い出すに決まっている。そして凄惨な罰をレックスに課すだろう。でもそれは家の力を借りたことになる。噂通り、家の力を使った人間と烙印を押されるのと同義だ。
せっかく憧れの場所に来たのに逃げたくはないし、そもそも悪者にされたままじゃ気分も悪い。
でもでもだっては、ここまで!
覚悟を決めて、グッと顔を上げた。
「ここで逃げたら、ずっと後悔するもの……。こうなったら卒業までにすっごくいい女になって、振ったことを後悔させてやる! そして私の悪い噂も全部嘘だって証明してみせるわ! 見てなさい!!」
「君は逃げないんだ……」
「ええ! 私という存在を全否定されたんだもの! 見返してやるわ!」
「そう……。ところで、その布……僕の素材だったんだけれど……」
「え」
ここでようやく声をかけられていたことに気づき、慌てて振り返る。
誰もいないと思っていた部屋の端に、前髪の長い男の子が佇んでいた。教室に溶け込むほどの存在感の無さに、幽霊かと一瞬思ったけれど足はついている。影もあった。
「お化けじゃないよ」
「心を読まれた!?」
「いや、顔に出ていたよ……。一応、その素材滅多に手に入らないシルクの布なんだけど……」
「ん? ……ああ! 思わず涙を拭いたんだった! これ貴方のだって知らなくて。……ご、ごめんなさい……! べ、弁償を」
「白銀蚕から作られた特別製だから、高いけど……君に払える?」
「(白銀蚕って、確か第一級庇護対象の魔物だっけ……。辺境地だと良く見かけるけど、王都だと入手が難しいのかな?)ええっと……」
お金はあまりないけれど、素材なら結構手持ちがある。そう思って、腕時計に付与されている亜空間ポケットから一メートルほどのシルクの布を取り出す。
「弁償は冗談だ――」
「このぐらいの長さのでもいい?」
「え、……なんでシルクの布を君が!? あれは第一級庇護魔物かつ、珍しいものなんだよ! どこで手に入れたんだい!?」
「え、ちょ」
彼は目をキラキラさせながら、私の両肩を前後に揺らす。思わぬ食いつきに困惑しつつ「実家だと珍しくない」と伝えたら、興奮しつつも納得してくれた。
「そうか。君が歴代最高得点で入学したシンシア・オールドリッチだね」
「え、そうだけれど……? 貴方は?」
「僕はヴィンセント。三年生……だ」
近くで見ると薄紫の長い髪は腰まであり、前髪も同じくらい長い。先ほど興奮した時に見た瞳は、アメジスト色でとても美しかった。細身だけれど背丈は高く、両肩を掴んでいる手はとても大きくて力強い。この人、たぶん強い。
学生服姿は支給品をそのまま使っているのか、アレンジらしいアレンジはない。ただ彼の爪はマニキュアをしていて、ピンクや水色と可愛らしい色合いなのが目立った。
「もしかして、先輩は可愛い色やものが好きだったりします?」
「え。……まあ、そうだけれど。やっぱり男が可愛いものや服を作るのって変……だよね?」
自嘲気味に告げる先輩に、私は彼の両手をガシッと掴んだ。
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