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第2話
母は変わり果ててしまったあの日の翌日には、料理屋の仕事を辞めて水商売をやり始めたようだった。
料理屋で働いていたときよりも収入はかなり多くなったようだったが、同時に母はお酒をたくさん飲み始めたので生活は全く変わらなかった。
いや、私にとってはもっと酷くなっていた。
家にいると毎日のように殴られた。
酒焼けした声で罵詈雑言を吐きながら、憎しみのこもった目で私を殴りつけてきた。
以前の明るくて美しいながらもまだ若さの残る天真爛漫さは全くなくなっていた。
少しやつれて、隈のある顔。
母ではない、全く違う人を見ているようだった。
それでもどうしても、母から離れることはできなかった。
一人で行きていく方法もわからなかったし、なにより期待していた。
いつか元の母に戻るのではないかと。
母が私の分の食事を持って帰ってくることはなくなった。
3日も経てば、母はもう2度と私のために何かを持って帰ってくることはないとわかった。
何も食べなければ死んでしまう。
ほとんど1人で外に出たことはなかったから、最初はどこに行けばいいのかわからなかった。
けれど貧民街の子供は私と似たような境遇の子も多かったので、その子達の真似をしてゴミを漁って食べれるものを探したり、上等な身なりをした人が通れば食べ物を恵んでもらったりした。
そんな生活が5年ほど続いた。
その日もゴミ捨て場を漁って夕暮れ時に帰路についた。
その日はいつもより収穫がなくて、ほとんど何も食べられなかった。
家の方に近づくほどなにかいつもと違う感覚がして、胸がざわざわとした。
その予感は的中していて、家の周りがとても騒がしかった。
大声で怒鳴る、酒やけしてかすれた女性の声が聞こえた。
玄関の前で怒鳴り声を出しているのがやっと目視で母だと認識できる距離になったとき、その中の一人の男性が私に気づいてこちらに向かって駆け出してきた。
玄関で母と対峙している5人ほどの男性と私の方に駆け寄ってきている男性は、遠くからでもわかるほどここらでは見ない上質な服を着ていて左胸になにかの紋章がついていた。
そして腰には、装飾の施された立派な剣が差してあった。
「王妃陛下の命により参りました。王宮付き騎士アルベルト・ローヤンと申します。アグネス様でいらっしゃいますね?」
屈強で筋肉質な、いかにも騎士といった風貌の男性だった。
私は王妃という言葉が出たことに驚いて何も答えられずにいた。
あのときは世の中のことを何も知らない子供だったけれど、王妃という人物が自分よりも遥か遠くの存在で、敬うべき対象であることはなんとなく理解していた。
「ちょっと!どういうつもりなの!?」
母がそれまで見た中で一番の怒りの形相で、騎士に掴みかかろうと歩いてきた。
「いきなり押しかけてきて、そのうえ娘を連れてくですって!?信じられない!さすがあの男に仕える屑なだけあるわね!」
母は騎士の胸ぐらを掴んだ。
以前は揉め事を好まず、街で喧嘩をしている人を見ると華奢な体で腕力もないのにも関わらず、仲裁に入るような人だったのに。
私だけでなく初対面の人間にも暴力的な母を見て、私の中でなにか諦めがついたような気がした。
この人は、私の好きだった母ではない。
もう以前のようには戻らないのだと。
どこか他人事のように、ぼんやりと暴れる母を見ていた。
気がつくと母は背中に腕を回され、騎士に片手で手首を掴まれて地面に座らされていた。
「我々が用があるのはアグネス様だけだ。お前に用はない」
母はギリギリと奥歯を噛んで、騎士を睨みつけていた。
私と目が合うと、より一層眉間に皺を寄せて私を睨みつけてきた。
「許さないわよ!私から全部奪ったくせに、あんただけ幸せになるつもり!?」
それが最後に母からかけられた言葉だった。
私はなにも答えられず、ただアルベルトという名の騎士の言うまま母の元を去った。
その後母がどうなったのかは何も知らない。
その日のうちに見たこともない豪華な装飾の施された馬車に乗せられ、王宮に連れていかれた。
そうして私は現在、王妃陛下の命により王宮で生活している。
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