第5話

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第5話

昨日は結局、顔合わせ当日のアイザイン邸への経路を確認しただけで終わってしまったので、今日こそはと蔵書室に向かっている。 王宮内なので護衛はつけずに1人でスタスタと歩いていると、何人かの話し声が聞こえてきた。 声のする方に目を向けると、5人、テーブルを囲んでお茶をしながら談笑していた。 全員私の異母兄弟である、王子や王女だ。 なんだかそこだけ花が舞っているように見えてくる。 私以外の兄弟は、母は違えどみんな本当に仲がいいのだ。 他の3人の兄弟である王太子は仕事が忙しく、第1王女は遠くの国に嫁いでいて、第2王子は隣国の公爵家に婿入りしたのでここにはいないが。 今はあまり時間がないし幸い誰も私に気がついていないから、挨拶せずに避けて通ろう。 そう思ったのだけれど。 「あら、お姉様。どこに行かれるの?」 鈴の鳴るような楽しそうで可愛らしい声に呼び止められた。 呼ばれたほうに目を向けると、両手を腰に添えて可愛らしい少女が強気に笑っていた。 第4王女、ロザリア・ロス=ラミレス。 6人目の王妃の娘であり私の8つ年下で、美しいプラチナブロンドの髪と王族の象徴である菫色の瞳をもっている。 呼び止められてしまったので仕方ないと、小さく礼をする。 「ご機嫌よう、ロザリア様。本を借りに蔵書室に行くんです。」 「何の本を借りに行かれるの?」 「他国の礼儀作法について書かれている本です。スリアナ皇国のものを学びたいので。」 それを聞いた途端、ロザリアは口角をにいっと上げて「あはははは!」と笑い始めた。 「お姉様、スリアナの礼儀作法もご存知ないの?王族なら普通、そんなことは10つの年には完璧に習得しているものよ?」 小馬鹿にするように、心底おかしいと言うように笑いながら私を見つめる。 「ロザリー、やめなさい」 どうしたものかと考えていると、透き通る美しい声が響いた。 椅子から立ち上がり、真っ直ぐ綺麗に揃えられた銀糸のような髪と青みがかった菫色の瞳を持った美しい少女。 第3王女、シャリア・ロス=ラミレス。 3人目の王妃の子で、3つ年下の私の異母妹。 ロザリアにとっては11歳年の離れた異母姉だ。 彼女の纏う雰囲気は慎み深く心根が優しそうで、まるで聖女のように見える。 そう思っている人は国内外問わず多いようだ。 私も最初はそう思っていた。 けれど本当は、彼女は誰より私への嫌がらせを好んで行う人物だった。 手を出したりは絶対にしないが、とんでもない皮肉家で、彼女の口にする言葉は全て棘々しい。 「卑しい貧民の子で、読み書きもまともにできなかった人だもの。きっと礼儀なんて言葉を聞いたこともなかったのよ。そんなに責めるようなこと言ったら可哀想でしょ?」 くすくすと口に手を当てながら、上品な仕草で私に嘲笑の目を向けてくる。 私は何も言わずに彼女を見つめる。 何か言ってしまうと余計刺激してしまうかもしれない。 「姉上は相変わらず陰気でつまらない人ですね」 にやにやと腕を組んで私を見つめる彼は5つ年下の第3王子アラン・ロス=ラミレス。 4人目の王妃の子だ。 漆黒の黒髪と赤みがかった紫色の瞳を持ち、目鼻立ちも整っている。 「くすくすくす」 2人の男の子がひそひそと笑っている声が耳に届く。 サラサラの真麻色の髪と菫色の瞳をもつ整った顔立ちをした少年2人が仲良さげに寄り添って私を見ている。 第4王子ガジル・ロス=ラミレスと第5王子のガゼル・ロス=ラミレス。 5人目の王妃の子供で、私と6つ年の離れたそっくりな双子だ。 よく間違えられているらしく、時々入れ替わったりもしているようだ。 2人は笑いながら私を見つめながら口を開く。 「アラン兄様の言う通りだよ。ほんとにつまらない。」 「本当にお父様の血が流れてるの?そのほとんどくすんだ灰色で紫の見えない瞳も、その平凡な出で立ちも王族に見えないし、僕たちと姉弟とは思えないな」 拳をぎゅっと握りしめる。 それは私が1番気にしていることだ。 私の髪はくすんだ灰色で、瞳も同じ色。 私の容姿は、父と母どちらにも似ていない。 目を凝らしてよく見ると、瞳の中に少し紫色が見えるくらいだ。 その僅かな紫がなければ、私は王宮に入れていなかった。 いくら瞳に少し王族特有の色が混じっていても、この平凡な容姿はとても王族には見えない。 異母兄弟を見れば分かるのだが、王族は皆美形揃いなのだ。 私が王宮に来た日、私を見た途端、皆一様に顔をしかめた。 その目が私を王族と認めないと言っていた。 あの時と同じように胸がチクリと痛んだ。 心のなかではこんなに傷ついて心に響いていても、きっと私の表情はなにも変わっていないのだろう。 早く蔵書室に行かなければ。 そう思い出し、5人の異母兄弟を見渡した。 みんなの私を見下す目に、また心が痛む。 「では、私は失礼いたします」 これ以上傷つきたくない。 早く行こう。 そう思って一歩踏み出した。 「お姉様、アイザイン卿と婚約なさるんでしょう?」 その言葉にばっと振り返る。 「可哀想に、彼と全く釣り合っていないもの。きっと笑い者にされるわね」 案の定、美しい顔を嘲笑で歪めたシャリアがいた。 他のみんなも、同じように私を見ている。 ー ああ、振り返らなければよかったな。 私は何も言わずほんの少しだけ腰を曲げて今度こそその場をあとにした。 いつもこんな風だ。 彼らの言葉に飽きもせず傷つけられて、それを顔に出すこともできない自分にイライラする。 私が無表情だからか、彼らの嫌がらせはより加速するばかりだ。 でも、私はまだ彼らと親しくなりたいという希望を捨てきれずにいる。 血の繋がった兄弟だし、本当にただなんとなく、 彼らもそこまで性根の腐った人間ではないような気がするのだ。 だってそんなに私が目障りなら、殺してしまうか追い出せばいいのだ。 何も難しいことではない。 いくら私が現王妃、セルヴィ様に連れてこられたと言っても、私は正妃の子ではなく平民の母から生まれた妾の子だから。 いくらセルヴィ様が国王陛下の寵愛を受けていて彼女が私を可愛がっていたとしても、陛下が興味を持っているのは彼女に対してだけで、あの男は私には毛ほどの興味も持っていない。 私が殺されても、「そうか。」の一言で済ますだろう。 そしてセルヴィ様の実家はもう力のない伯爵家だ。 私の味方は、そんな彼女しかいない。 だから王宮で生活し始めたばかりの頃は、少しでも周りの人に認めてもらえるように自分の長所を作ろうとした。 容姿ではどうにもできなかったので、せめて知性で認めてもらえるように、蔵書室に毎日通ってたくさん勉強した。 けれどそんな努力も全て無駄で、私に知識がつけばつくほどみんな私をより疎んでいった。 王宮の人間にとって、妾の子が賢くなるのは邪魔でしかなかった。 そう分かったときから蔵書室には通わなくなったし、今まで役に立てるようにと思って積極的に関わっていた財政のことにも口を出さないようにした。 もう周りの人に嫌われたくなかった。 嫌悪と憎しみの目を向けられるのは、母を思い出して辛いから。 ただ私は、みんなと普通に親しくなりたいだけだ。 そうして私はまだ、異母兄弟と普通の兄弟らしい間柄になれることを諦めきれていない。 先程のようにみんながお茶会を開いているのを見ると本当は混ざりたいと思う。 いつもさっきみたいに陰気くさいと言われるので、容姿はどうしようもないからせめて表情だけでもと思って鏡の前で笑顔の練習を何度もした。 けれどこの顔は不自然に口角を吊り上げることしかできなくて、もう諦めてしまった。 皮肉なことに、私が会いに行かないことが彼らに嫌われないための最善手なのだ。 2週間後、アイザイン公爵閣下と初めてお会いする。 彼とは、少しでも心を許し合える仲になれたらいいな。
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