催氷竜

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「寒い」その夜、花白はいつもより空気が冷えているとふるえ、押し入れからもう一枚毛布をとりだした。「どうしたのかなぁ? 大寒波到来?」    そうして、花白が寝しずまったあと、私は動悸に苦しんでいた。  眠れない。  心臓が、血流が、波打っている。  胸をかきむしる。おもわず毛布を跳ね除け、息をととのえる。  ガムテープで補強した窓ガラスをみる。  私の目が青白く光っている。  胸の奥底から、人のものではない、血の香りをふくんだ獣の気配がする。  毛布にくるまり、花白が眠りについている。  目に意識を集中すれば、彼女の深遠が口をひらいて、私をつつみこんだ。  次にあらわれた空間は、灰色にそまっていて、みたことはないけれど、雲のなかみたいだなぁとおもった。  そして、その肉塊は、中央にあった。  黒く、爛れた、肉塊が脈をうっている。  私の身長とおなじくらいのそれは、触れれば花白の心であるとわかった。(子供のころのかなしかったこと、うれしかったこと、好きだったもののこと、いろいろつまっている……。目をつむれば、ながれこんでくる。ぷらいばしーだから、みすぎないほうがいいね)  熱した薬缶みたい。ものすごく熱い。  しらべた結果、至る箇所に傷がつき、痛みと熱を生んでいるみたいだ。  冷やさなくては……。放っておけば、花白の心は、灰になってしまうだろう。  背後に冷気をかんじた。獣の嘶きもかすかにきこえる。空気を切る、巨大な羽音……――「オマエが……白亜の心にひそむ竜か?」  私はふりむいた。 (かわいい目……神話の本でみる竜は、人間の憎悪を意図的にかきたてるため、おぞましい容姿にしているようね)  竜は私のほうをみていない。ジッと、花白の心をみつめている。竜は、おのれの口を肉塊によせ、冷えきった吐息をふきかけた。  熱暴走をつづけていた心は、しだいにおちつきをとりもどし、凍りついたリンゴのように、美しい赤色になった。  竜は、ゆっくりと首をもちあげると、のそりのそりと、後方の霧のなかへ、おおきな羽を羽ばたかせ、いってしまった。  次の日の朝、花白が毛布をかぶって、ベッドにすわっていた。  光のない瞳をうつむかせ、自分の膝小僧をみつめている。 「昨日、とてもさみしい夢をみた。本当は泣きたいくらいにさみしいのに、なぜだか涙がでてこない」 「そうか……白亜が朝ご飯の準備しようか? フライパン侍に私はなる!」 「また、火事未遂になっちゃいけないから……」 「おぅ……」  花白は顔をあげた。しずく色の薄氷が貼っているような、その美しい瞳から、なんの感情もうかがえない。 「竜をみた」 「ン……?」 「竜が私を抱きしめてくれた気がする。お母さんに抱きしめられる……っていうのわかんないけど、たぶんそれににた、やさしいものだった。  冷たいけれど、なぜかあったかい」  歌白は私の手をにぎった。 「あれが姉さんの心に住んでいる竜? 本当にいたんだ」 「……わかんない」 「そっか……、もしも今度あったら、妹がお礼をいってました、ってつたえておいてくれる?」 「うん!」  その日の朝ご飯は豪華だった。  卵料理、それから「竜って、なにが好きなのかな?」と鹿のお肉をいれたスープを作った。
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