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氷の力は、私の心の奥で、しずかに吹雪いている。
夢うつつの頃、巨大な翼の羽ばたきの音がどこかからきこえる。
そういう時、さらに目を深くつむり、もっと深淵にもぐりこもうとこころみる。竜は、私の心のどこかで、宙をとんでいる。
町は例年にない寒波と大雪にみまわれている。
その日から私は、毎夜、氷竜の目を借りて花白の心に侵入した。当たり前のことだけれど、レンタル用のカードは必要ない。竜は宿泊代のかわりに、目の使用権を置いて行ってくれた。使いたいと念じれば、周囲の気温がグと落ち、目が青色に光りはじめ、ありとあらゆる万物の流れ、くらやみにひそむ命のありか、感情の機微、等がこまかにかんじとれる。
その氷竜の目で、花白の心を解析した結果、彼女の心が爛れていた理由は、職場での陰湿なイジメが原因だった。
町に冷気をまねきよせ、不作におとしいれた原因としてみられているのは、私だけではなかった。花白も疫病神の一人として、職場の大人たちから白い目でみられていた。花白は私の前で、おちこむそぶりを見せなかったけれど、その痛みは、心がうけていた。
凍りついた心は、痛みをかんじない。
しだいに溶け始めるが、そのつど、花白の心を凍りつかせた。(さながら、お医者さんが患者に薬を処方するようなものね。でも、この凍りつけに中毒性があるのかは、不明だけど……)
最初は竜の力を借りないとできなかったけれど、コツをつかめば、私一人でも冷気を手のひらにあつめることができた。あつめた冷気で花白の心をつつみこめば、あっという間に凍りつく。
「……」凍りつけの作業をした翌朝、かならず花白は、なにかいいたそうな顔で私をみていた。
だけど、ことばの発し方をわすれたように、なにも言わない。無言で髪に櫛をいれた後、ホットミルクを飲み、工場に働きにいく。
氷の力が宿ったのは、目だけではなかった。
いつものように張り紙を剥がす作業をしていたら、ポス、と足元の雪になにかがおちる音がした。
「な……っ!」「石が、おちた?」藪から子供たちの声がする。
私の足元に、透きとおった氷のつぶてがおちていた。
氷のなかには石ころが入っていた。
子供たちは、ふたたび、手に持った石をいっせいに投げつけてきた。
そのすべてが、私の目の前で凍りつけとなり、雪のなかにおちていった。
(私の周囲に、みえないけれど、強力な冷域が発生している? なんでも氷にできるなら、溶かして水にしちゃえば、もう水汲みにいかなくてもいいのかな?)雪を溶かして飲み水にする方法もあったが、野生動物の糞尿でよごれている可能性があるため、花白にとめられていた。「お腹壊しちゃうかもよ? めんどくさがっちゃだめ。せっかくすぐちかくに、綺麗な川があるんだし」……そんなことをいう花白だから、きっとこの方法も止められるかも?
「バケモンだ!」「にげろ、にげろ!」「氷女……、早く町から出ていけ!」
そんなことを考えている間に、子供たちはぎゃーぎゃー騒ぎながらにげていった。
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