催氷竜

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 森の白オオカミに新聞記事の切れ端をみせると、すぐに解読してくれた。 (帝国が他国へ攻撃をしかけているそうだ) 「帝国?」 (帝王がいる。邪道を極めた傲慢な王だ)  帝王は大陸のすべてを手中におさめなくては気がすまない。  すべてをつつみこむ自然のやわらかさよりも、己の身を守り、他者の命を葬る鉄を好む。子どもの時、やさしさのかわりに、傲慢さを血にながしこまれた。その血で私たちの大陸すべてを赤く染めるつもりだ。 「オオカミよ、なんとかしておくれ」 (私は歳をとりすぎた。昔なら、私についてきてくれた勇猛果敢な仲間たちも多くいたが……英竜戦役の時、ここに剣をうけてしまって。視力が著しく低下し、それからはまともにたたかえなくなった)オオカミは前足で目のちかくをなでた。もう治癒しているけれど、切り裂かれた痕がのこっている。そして、ひきつったように、口角をもちあげた。……怖いけれど、笑顔を取り繕っているつもりらしい。 (くらやみがほとんどを満たし、陽の光が散開している。けれど、まぁそのおかげで心の声がきこえるようになった……悪いことばかりじゃない) 「オオカミそんな昔から生きているの」 (竜の血をわけてもらったからな……) 「竜の血か。私がうけとったのは卵だ……」 (フム。なんとかしろというのなら、竜の娘よ。おまえにも滾る竜の血が眠っているではないか……ウーム。けれど) 「けれど?」  オオカミの目は、かなしむように細くなった。私は見透かされている気分になった。彼の目は、そのほとんどがくらやみだという。そのくらやみのなかで、私の光はどのように映るのか。 (……おまえの竜は、戦いには向かない。おそらく他者を傷つけることよりも、しずかな環境でつつましく生きることを望む竜なのだ) 「……」氷の力で生成した刃物は、まだ生きている者の血肉にふれると溶けてしまう。だから、魚を解体する時は、切れ味のおちた調理包丁をつかっていた。  オオカミのいうとおり、氷竜は、戦いを好まず、冷え切った鉛色の空の飛行を好むみたい。空には、血しぶきがおちていないからね。 (けれど、それはいいことじゃないか。私も争いは嫌いだ……)  ふと、オオカミは、空をみあげた。 (気をつけるがよい、竜の娘よ) 「ン?」 (竜は……おまえ以外、絶滅したかのようにおもわれているが、いまだ、風には邪気がふくまれている。先の戦いで『異端竜』とよばれていた竜がいてな……血気盛んで、争いと破壊を好む、危険な竜だった。ヤツと対立した竜が、空から墜落し、湖で溺れ死んだ。その邪気が、風にふくまれている) 「え、私以外にも竜がいるの? 白亜、竜とあったらいっしょにおやつを食べたいな。やっぱり、私とおなじようにハチミツのパンケーキが好きなのかな?」  オオカミは取り繕った怖い笑顔で(まぁおまえなら案外仲良くやるかもな……)といい、目をつむった。  その日の夜、帝国が私たちの町に空爆をしかけた。
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