3人が本棚に入れています
本棚に追加
1
「北に玄武。東に青龍。西に白虎。南に朱雀……」
小さい頃、紅花はおばば様の膝の上でよく四神の話を聞いていた。
「紅花。宿命の皇女よ。忘れるでないぞ。お前の父も母もお前の事を愛していたことを」
物心ついた時から紅花には両親はいなかった。だが、愛に飢えるという事はなかった。西へ東へ移動するキャラバンの皆は我が子も他人の子も皆等しく育ててくれたからだ。
「愛を知る心を持たなければいけないよ。慈悲を忘れてはいけないよ」
「はい。わかってます」
おばば様はリーダーの敏の母親で、紅花が自分と直接血の繋がりがないと知ったのはつい最近だ。それまでは自分の祖母だと思い込んでいた。キャラバンの中では年配者が年下の面倒を見るのが当たり前で家族のように暮らしていた。
各地を護る神々に常に感謝を忘れず、祈りを捧げながら、キャラバンは砂漠や海を越え、交易品を届ける生活をしている。
「紅花、今年でお前も十八歳。今以上に心穏やかに過ごさねばならぬぞ」
おばば様が幌の奥から紅花に声をかけた。
「わかってますって。でも私も早く敏みたいにカヤードを操れるようになりたいのよ」
カヤードは大型の岩竜で主に陸路に適した種族だ。崖すら簡単に登れるカヤードをキャラバン達が好んで飼い慣らしたため、交易に歩いた道のことをカヤードロードとさえ呼ばれている。他にも水竜、火竜がキャラバンにはいる。彼らは出番がないときはその身体を縮小しゲージの中で寝ている。竜たちは売り物ではない。家族だった。
「はっはっは! 大きく出たな。よし! 次の土地に着いたら訓練させてやる」
リーダーの敏が豪快に笑いながら言い放つ。キャラバンでは女でも男と分け隔てなく仕事をする。出来る者が出来る事をするのが当たり前なのだ。幼いころから一緒にいる敏とは兄妹の様な仲だ。
「本当? やったー!」
「こら敏、危ないことはさせてはならぬぞ」
「多少はいいじゃねえか。フェイもつけてやりゃあいい。そうだろ?」
敏は視線を横に流すと黒装束を身にまとった筋肉質な青年に声をかけた。
「……わかった」
青年は皆にフェイと呼ばれている。数年前から共に暮らしている。キャラバンの用心棒のような存在である。無表情で不愛想だが腕っぷしが良いため皆から一目置かれていた。
紅花は何故かフェイの表情が読めた。フェイの青い瞳は剣を交えたものからは氷のような目と恐れられているが、紅花には澄み渡る空のように見える。その目を見るだけで彼が怒っているのか喜んでいるのかがわかるのだ。
「ちょっと怒ってるよね? ごめんねフェイ。でも私頑張ってみたいの。いざって言うときに何か役に立ちたいのよ」
「……」
彼は黙ったままだがそれが肯定を意味するものだと紅花はわかっていた。
最初のコメントを投稿しよう!