ターミナル

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病室の扉を開くと、彼女と目が合った。彼女は少し微笑んで、読んでいた本を閉じた。「差し入れ。持ってきた」スーパーで買った安いプリンを渡す。彼女は「ありがとう」と静かに言い、プリンをテーブルに置いた。成瀬未来。余命半年。彼女がそう告げられてから半年経った。若くして死ぬ女子高生。病名は知らない。聞こうとは思わない。興味すらない。看護婦が彼女の食事を運んできた。みんな病院のごはんは不味いだとか味が薄いだとか言うが、俺には普通のごはんにしか感じられなかった。それは俺の母親がヴィーガン予備軍みたいな食事しか作らないからかもしれない。彼女は黙々とごはんを食べ、俺は静かに英単語カードを捲る。静かな病室に食器と箸が当たる音、微かに聞こえる咀嚼音、カードを捲る音だけがあった。俺と成瀬は恋人とか、親友とかじゃない、言葉で表し難い関係。友達以上恋人未満。だけど俺には成瀬に対して恋愛感情は無いし、彼女も俺に恋愛感情はない。親友ともまた違う。強いて言うなら「都合のいい関係」が1番マシな気がする。「あ、雪降ってる」声に釣られて窓から外を覗くと雪が降ってきていた。そして、病院の屋上に1人、柵の上に座っている人影があった。成瀬もそれが見えたらしく、「ちょっと行ってきてみてよ」ってどこか楽観的に言った。急ぎもせず、焦りもせずに階段を登る。彼が自殺しようとしているのか、単に眺めがいいから座っているのかは分からない。たとえ死のうとしていてもそれを止めるほど命とか人生に情熱があるわけじゃない。いつだって人生は映画を観ているような、どこか他人事の様にしか思えなかった。  屋上のドアを開けると、その人はまだそこにいた。フードを被っていて顔は見えない。俺の存在に気づいていないというよりは、無視しているように感じた。「そこでなにしてるんすか?」ゆっくりと振り向いて、かったるそうな目で俺を見つめてきた。そこで初めて男だと分かった。髪は黒く、雑にセンターで分けて若干目にかかっている。「俺が見えるんだ」男はそう言った。柵から降り、俺の方へ近づいてくる。若干猫背だが、それでも俺と並ぶぐらい背が高かった。よく見ると、降っている雪が男にはかかっていなかった。「貴方は何者なんですか?」「終わりを待ってる」「終わり?」「俺は死神だ」驚きとともに、なんとなく嫌な予感がした。「誰を殺すつもりだ」「別に、殺しなんかしないよ。ただの案内人さ。幽霊のね」「じゃあ誰を待ってるんだ」「ひみつー」微笑を含んだその声にイラッときた。「おい死神。お前の名前は?」「天ヶ瀬」「俺は長谷川」「別に君の名前なんてどうでもいいよー」こいつうざい。「死神ってお前みたいな奴ばっかなのか?」「んー、まあ、真面目にやってる奴は沢山いるんじゃない?」「自分は不真面目ですアピールか?ダサいぞ」「何年生きてると思ってるんだよ。君も俺と同じだけ生きればわかるよ。まあ、人間だからむりだろーけど」
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