君にハッピーエンドは訪れない

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 生徒解放のチャイムが鳴って廊下に生徒が溢れ出る。その中に紛れて私は視聴覚室に向かう。視聴覚室が活動場所の文芸部は現在3人しかおらず、ほぼ雑談の場になっていた。  視聴覚室に入ると既に光とコウが椅子に座って喋っていて、私を見るなり 「彩遅いよ。部活やる気あんの?」 「そうだぞ成瀬。誇りある文学部を舐めんなよ」 とふざけて言ってきた。 「いやあんた達の方が教室近いから早く着くに決まってんじゃん。それに教室着いたって喋ってるだけじゃん。どこが誇りある文学部だよ。あと文学部じゃなくて文芸部」 「文学部も文芸部もたいして変わんないだろ」 そんな他愛もない会話をしつつ椅子に座る。 「そういえば、Orangestarの新曲聴いた?めっちゃいいよ」 「Henceforthだろ?めありーさんのカバーめっちゃいいわ」 「あー、あれね、TikTokで使われてたからサビぐらいは聴いた。」 私達はいくつかの趣味で繋がり合っている。その1つがボーカルロイドだ。「ボーカルロイドが好き」と言うだけで陰キャだとかオタクだとか蔑まれる中、この趣味を語り合える人は貴重だった。 「お!それ春嵐の絵じゃん!めっちゃ上手い」 そう言うコウの目線の先には絵の描かれたノートがあった。 「最近久しぶりにアナログで絵描いてるんだよね。授業中暇すぎてさー。何か描いて欲しいのある?」 「アボカド6みたいな絵描いてよ。私あの絵めっちゃ好き」 コウに向けて言ったであろう言葉に割り込んで頼む。 「いいよ〜。モチーフ何がいい?」 「死ぬにはいい日だった」 今度はコウが割り込んで言ってきた。 「ちょっと!私に聞いてたでしょ今!割り込まないでよ」 「先に割り込んできたのは成瀬だろ。てか、成瀬は自分でも絵描けるだろ。自分で描けよ」 棚に上げていたところと自分でも描けるところを突くダブルパンチにノックアウトされそうになるが、ここで倒れたら光の絵が取られてしまう。だからなんとしても引けない。 そんな中、 「もー、喧嘩しないでよ。2人分描いてあげるからさ〜」 と光が提案してくれた。 光は平和主義で、嫌にならないぐらいのイジリしかしないから会話してて疲れないし不快にもならない。こうやって喧嘩紛いの事をしてると純粋無垢な笑顔でその場を収めてくれる。 「そういえば、は勉強大丈夫か?分からないとこあったら教えるぞ?」 「分かんないところが分かんない」 「え、テスト5日後だよ?やばくない?」 そう言うコウは学年トップクラスの優等生。いや、言動が優等生じゃないから優等生の皮を被った一般人か。全てが完璧な人間。言動以外は。頭良くて運動できて身長高くてイケメンで親が金持ちで本物の完璧な人間。言動を除いて。いや、言動も私達だけに対してな気もする。相手との距離感で言葉遣いを変えるのが上手い。少なくとも、私と光以外にあんな言葉遣いをしているところを見たことがない。 「ねえ2人とも、今週末遊ばない?」 「いいよ〜。どこで何する?」 「勉強するならいいよ」 ゔぇっと光が声を漏らした。 「ゔぇって、光お前、休み明けテストだぞ?勉強しろよ」 えー、別に勉強しなくたって赤点回避できるしいいじゃん」 「お前の気楽さが羨ましいよ」 結局私が漫画喫茶を提案してまとまった。 それから適当に下校時間まで喋って時間を潰した。 その日は酷く曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。 ちょっとばかりのオシャレをして家を出る。朝9時半。電車に乗って街へ向かい、駅近くのカフェで2人を待つ。約束の時間まであと20分以上あった。 <<凄く早いけどもう着いたよ。 そうLINEすると光からすぐに返信が来た。 <<僕も今電車に乗ってるとこ。コウは? コウの既読はまだついていない。 <<まだ来てないよ。 代わりに私が返信した。 「お待たせー。彩来るの早すぎだって笑」 「早く遊びたかったからさ〜」 「コウが来るまで昔話でもしようよ」 <<ごめん。1時間ぐらい遅れる。先喫茶店行っておいて。 ちょうどそのタイミングでコウから連絡が来た。 よくある事だった。コウは待ち合わせをしてもいつも遅れてくる。むしろ約束通り来る方が珍しい。 「昔話って、いつの話?」 「僕達が出会った時とか?」 「いつだっけ。出会ったの。コウとに話したのは高校1年の時の体育祭だった気がする」 「僕と彩は知り合ったの中学卒業間際だったっけね」  今まで思い出として頭の奥に格納していた記憶が溢れ出てくる。 私はそこまで頭が良いわけでもなく、親も難関高校とか大学に行けということは言ってこなかったから偏差値60ぐらいの中堅校に進学しようとしていた。光と最初に話したのは願書作りの時だった。
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