本編

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 Xの海を漂う中、私は幾千もの絵を見つめる。その絵の中から自分の感性に触れるものに対して印を付け、再び海の中を潜っていく。そんな繰り返しの生活を続けていた。  ある日、突然それが現れた。最初に現れたそれは非常に稚拙で、滑稽なものだった。線は歪み、繋がっておらず、瞳は崩れ、手の指は逆に曲がっていた。    それが少女の絵であることは辛うじて分かる程度の下手な代物だった。いや、違う。下手と言うわけではない。人間が描く絵としてはありえないほどの違和感があったのだ。そう、最初に感じた感想は「下手」ではなかった。ただ異質だった。それが実はAIが初めて作り出した絵であった。  それから数か月、AIが作り出す絵は次第に形を成すようになり、数年後には人間が描く絵と同等か、それ以上の出来栄えを誇るようになった。そんな絵を作り出すAIの存在が徐々に明らかになると、AIの絵を発表する彼らは自らをこう名乗り始めた――『AI絵師』と。  その日から、私の仕事は実質的に始まったと言えるだろう。  空が暗く、静けさが染み渡る午前2時、私の仕事が始まる。熱いほうじ茶を入れ、その香りと共に一口一口を楽しみながら、私はネットの海へと潜る。狙う獲物は魚ではない。このネットの広大な海で私が追い求めるもの、それは『人間絵師』と名乗るAI絵師たちだ。  AI絵師はネットの海では海月のように嫌われた。見つかれば、暴言の槍で刺され、海の底へと沈められてしまう。そんな中で生き残るために、彼らは一つの方法を編み出した。それが擬態だ。彼らは自らを『人間絵師』と名乗り、その名声と金銭を貪るようになっていった。私は、そんな人狼を狩る狩人だ。  サイトを巡回し、ランキングなどを調べ、絵を見つめる。ランキングに載っている絵には、それなりの理由がある。しかし、その理由を形作ったのが人間ではなく、AIであったなら――。私はそれを決して許さない。  ある日、特に美しい絵がランキング上位に浮かび上がった。その絵は夜空をバックにして、風にそよぐ少女の一瞬を切り取ったものであった。背景の星々と少女の表情の繊細な描写は、多くの観賞者を引きつけていた。しかし、何かが引っかかる。私はその絵を深く分析するために、データを精査し始める。  次第に明かされる真実。不自然なまでの完成度、特定のパターンに潜む機械的なタッチ――確信した。その絵は人間の手によるものではない。冷ややかな怒りが胸の内に広がり、私はパソコンの前で深呼吸をする。  ネットの海での新たな戦いが始まる。擬態した偽りの天才、AI絵師を暴き出し、人間絵師の真正の輝きを守るために。
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