黒アゲハ

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◇◇◇  静かな喫茶店内である、平日の午後。  此処、日本橋のとある〈昭和時代〉をコンセプトにした作りになっている、地下で経営している個人店。  一昔前に流行っていた〈レコードプレイヤー〉が良い例である。  長方形の台に乗っているターンテーブル、その上に薄めの黒い円盤型レコードが回っている。  その上にトーンアームという棒状が水平に横向きで下されている。  トーンアームの形状は、三種類ある。 J字型、S字型、最後にストレート型。この店長のこだわりなのか、J字型である。  そして、トーンアームの先端にあるヘッドシェルに取り付けられている針。カートリッジという、このレコードの音楽を聴くのに重要な役割が付いている。  この針を下ろすことによって。レコードの溝の振幅を電気信号に変え、音楽に変えることができる。   しかも、この店で使用している針はMC型という、音質を重視している向けの物。  だが、針が折れたらメーカーに注文という手間がある。  自分で取り替えることができる手軽さで有名なMM型もあるが……使用しないということは 、かなりのマニアックと言って良いくらいだろう。  なので、今店内でかかっている曲であるJAZZのピアノとサックスの音色。溶け合う融合感が繊細かつ聴福で心地良い。  そんな、落ち着いた場所。俺にとって〈推し空間〉であり、休みの度に来店する。  いつものエスプレッソを飲みつつ、お客が少ない平日に副業のイラストレーターの作業をするのが日課だ。  因みに、店長の許可済み。  だが、今回の目的はーー違う。    「ーーと、いうことがあったんです……。どうしたら良いんでしょうか?宇宙さん」    合皮で作られたカバーに、質の良いクッション製の一人用の椅子に座りつつ。正方形のテーブルの向かい側に座っている相手に、おずおずと話しかける。  それは、そうである。こんな馬鹿げたことを仕事相手に相談する内容では無いのだから。  ましてや、今担当している挿絵である現代ファンタジー小説の原作者に対してにだ。  こんな話しして、やっと手に入った仕事が今後貰えなくなる可能性がある。  正直な話し……、後悔している。  相手も、返答に困っているのか今でも「うーん、そうだねぇ」とあやふやな回答。 「やっぱり、何でも無いです。すみません」と相談を取り消そうと切り替えた、その時。 「ーーそれだったら、その子にもう一度会ってみようか。ちょっと、したいし」    満面な笑みでの予想外の回答に、俺の思考内が真っ白になった。
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