炭酸水は失恋より苦く

1/4
前へ
/4ページ
次へ
 ぎゅっと瞼をつぶってもなんだか無理をしているような気がした。時計の音はカチカチ気になるし、深呼吸しても落ち着かなかった。なんなら自分の呼吸の音すら気になるほどだった。早く寝なきゃいけないなあ、とは頭の中では思っている。授業もフル単だったし体もとっても疲れている。だけど頭と心が繋がっていないような気がした。眠るというよりは瞼の裏側を直接見ている。そんな時間だった。落ち着かない暗闇の中でいることに飽きた私は枕元にあるスマホにそっと手を伸ばした。  「失恋」と検索エンジンに打ち込むと検索候補に「立ち直り方」と出てきた。大袈裟だな、と思った。ふー、と大きくため息をついてベッドから起き上がり、冷蔵庫から牛乳を取り出してマグカップに注いだ。とくとくとく、と水音だけがキッチンに響いた。キッチンの引き出しから砂糖を取り出しどばっと牛乳の中に入れて電子レンジで温めた。眠れない夜は温かい甘い牛乳を飲むとよく眠れるというのは●●が教えてくれた。ジーと機械音がキッチンに充満する。静かだな、と思った。家の目の前を走る自動車の音も、壁の薄い隣の部屋からも音が聞こえてこない。この部屋だけが、私だけが起きている夜はなんだか心細かった。こんな夜はいつ以来だったか。●●と過ごしていた時はこんな事はなかったのに。  ぴーぴーぴー、と機械音が牛乳を温め終わったのを知らせてくれたのと同時に感傷的な気分は現実に引き戻された。リビングまで持って行くのが面倒だったのでそのままキッチンでそれを飲んでみたけど生ぬるくてイマイチだった。わざわざ温め直すほどでもなかったのでそのまま一気に飲みほした。マグカップの底には溶けきれなかった砂糖がざらざらと残っていた。流しで軽く洗ってまたベッドに戻った。瞼が重たくなっているのを感じことに安心した。なんだ、いつも通りじゃないか。自分にそう言い聞かせてそのまま眠りについた。  アラームの音で目を覚ますとカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。朝がやってくるとなんだか憂鬱になる。朝の持ってくる強制力が嫌いだ。これから一日が始まってしまう眩しさや圧力が私を窮屈にさせる。わがままだなあと思う。一人の夜は寂しくて、はじまりの朝は嫌い。寂しくない夜の中でずっと過ごせたらいいのに。そんなことを思いながらカーテンを開けて洗面所に向かった。目に入った二人分の歯ブラシのうち、片方はもう必要ないから捨てた。ボロボロに傷んだ毛先が●●がここで過ごした時間の長さを端的に示していてうんざりした。私は顔を洗った。思い出を洗いながすように。何度、冷水を顔に浴びても気持ちは切り替わらなった。油絵具がべったり心に張り付いているようだった。授業は二限からだった。だけどなんだかめんどくさくなって私はサボりを決め込むことにした。朝日があんまりにも眩しかったから。理由はそれだけで十分だと思った。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加