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織姫は天帝の娘で、天の川のほとりで美しい織物を織る仕事をしている。彼女の働きぶりは非常に熱心で、天帝もその腕前を誇りに思っている。一方、彦星は天の川の反対側で牛を飼っている若者で、その勤勉さから天帝に見込まれていた。
ある日、天帝は二人を引き合わせ、結婚させることを決意。織姫と彦星はお互いに一目惚れし、結婚生活を始めた。しかし、二人は互いに夢中になりすぎて、自分たちの仕事をおろそかにするようになってしまう。織姫は織物を織らず、彦星も牛の世話をしなくなったため、天帝は怒り、二人を天の川の両側に引き離した。
だが、あまりに悲しみに暮れる二人を見て天帝は可哀想に思い、年に一度、七月七日の夜だけ川に橋を架けて再会を許すことにした。この日に限り、天の川に架かる鵲(カササギ)の橋を渡って、二人は会うことができるようになったのだ。
七月七日、鵲の橋の中央で二人は一年振りの再会に歓喜して抱きしめ合った。
「彦星、会いたかった」
「僕だって……ああ、僕だけの可愛い織姫」
無情な秒針は止まらない。二人に刻々と別れの時間が近づいてくる。織姫はシクシク泣いた。
「年に一度しか会えないのに、もうお別れなんて悲しすぎます」
「僕だって同じ気持ちさ」
そう言うと泣きじゃくる織姫に彦星は何やら長方形のモノを渡した。
「これは何ですの?」
不思議顔でそのモノを凝視していると、彦星は笑顔で答えた。
「スマートフォン、略してスマホだよ」
「スマホ?」
「うん、下界の人間が作った機械で、いつでも話ができたりソーシャルメディアプラットフォームのアプリにセンって場所があり文字でトークできるんだよ」
「ソーシャル?」
意味の分からぬ織姫に使い方を教える彦星。頭の良い織姫はすぐに覚えた。
「なんて便利な機械でしょう」
離れていても、このスマホが二人を繋いでくれる。織姫と彦星は、毎日センで愛を語り合った。たまに自撮りも載せたりして互いを確認。スマホというモノに慣れてくると、二人は他の人気アプリも使ってみたくなりインスターやツイターに投稿したりして楽しむようになった。
織姫は美女。彦星は美男。あっという間にフォロワーが増え二人は人気者になった。気分を良くした織姫はティークトックに加入し、得意の羽衣ダンスで美しく舞い踊る。彦星は美声だったのでユーチョップで歌い手として活動した。
二人の人気は爆発。織姫、彦星、それぞれのフォロワー数は一億人を超えた。
織姫には男性ファンが多く、彦星は女性達に「イケメン、イケボ、好き」と騒がれた。二人が夫婦だとは誰も知らない。と、いうか何となく独身という流れになってしまったのだ。
そんなある日、ユーチョップで活動する暴露系人気配信者のライヴ中に、一人の女性から電話相談があった。なんと、その女性は「彦星にやり捨てされた」と泣いている。証拠として彦星とのトークのやり取りや写真が晒された。
配信者は彦星に連絡、センにグループを作り、配信者、彦星、女性、三人の通話トークが始まった。事実だと認め謝罪する彦星、ひたすら泣いている女性。下から上に流れるコメントには『彦星サイテー』『チャンネル登録、解除します』などが流れた。
「まあ、歌い手なんてそんなもんやで」と、女性をなだめる配信者。問題が沈静化し始めた頃、また配信者に暴露コメントが投下された。今度は男性。「織姫にやり捨てされた」と書いてある。
配信者は「男をやり捨てって、織姫も中々やるなぁ〜」と感心していると、通話中だった彦星の声のトーンが低くなった。彦星からの提案で、再び新しいグループをセンに作る配信者。
配信者、彦星、織姫、男性、四人での話し合いが開始した。
まずは、ひたすら泣いている男性に織姫が事実を認めて謝罪。その後、織姫と彦星の激しいバトルが始まった。
まずは彦星から。
「織姫、お前サイテーな」
「お前もな」
織姫は言葉を繋げた。
「ってか、お前もオフパコしてんだからお互い様じゃね?」
怒号する彦星。
「男と女は違うだろーが!ふざけやがって!」
会話を聞いていた配信者は二人に質問を投げた。
「なになに?お前ら付き合ってたの?」
頭に血がのぼっていた彦星と織姫は同時に絶叫。
「「付き合ってるの通りこして、夫婦なんだわ!」」
壊れそうな勢いに激しく流れるコメント欄。
『独身って嘘ついてたの?』『笑えない、サイテー』『騙されたああーっ!』『もう、顔もみたくない!』など、大炎上。その後、二人のフォロワー達の解除祭りが始まった。
この地上での騒動を知った天帝は、急遽、二人を合わせて話し合いをさせた。
「離縁します」
二人は互いにそっぽを向き顔も合わせない状況。天帝は、そんな二人からスマホを取り上げ冷静になり考える時間を与えた。
冷静を取り戻した彦星は、家に帰り自分の愚かさを反省することになる。なぜなら、どの牛も痩せていたからだ。
彦星はスマホに夢中になりロクに牛に餌を与えていなかった。
それは織姫も同じこと。スマホばかりいじって片手間で織物をしていたのだ。そんな織姫の織った織物は美しさのカケラもなかった。
そして、お互いへの愛。一年に一度しか会えなくても彦星は織姫を、織姫は彦星を本当に愛していたのだ。
一方、その頃、スマホとやらに興味を抱いた天帝は、色々と調べティークトックに自分の得意なダンスをアップしていた。天帝の激しいパフォーマンスは人間の領域を超えている。その動画はたちまちバズり、天帝は有名人になった。
すっかりスマホ依存になった天帝は、年に一度、橋を架けるのが面倒になり、一年中、橋を架けっぱなしにした。それにより、彦星と織姫はいつでも会えるようになり、更に深い愛を育むと一緒に暮らすようになった。子供にも恵まれ幸せそのもの。
彦星と織姫はスマホという機械があることを絶対に子供には教えない。なぜなら、スマホにより離婚の危機に陥ったからだ。
それに人間界を観察していて、二人は思ったことがある。
スマホは確かに楽しいし便利。しかしスマホとは、人に晒せない秘密を隠せる場所にもなるのだ。その秘密がバレた時、破綻する人間関係が多数見受けられる。特に夫婦や恋人は要注意。
「スマホは天国を作るが地獄も作る紙一重」
これが二人の合言葉になった。
地上の人間達から七夕は過去のモノとなり、忘れ去られることになる。なぜなら、晴れた夜空に橋が架かりっぱなしの天の川が一年中、輝いているからだ。太陽や月と同じく、天の川は当たり前になった。
ちなみに人気になった天帝には妻がいる。大丈夫だろうか?と、全宇宙を支配する神様は大変、心配している。
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