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アメリカ・防災の日のホワイトハウス
孤児のカーレンは、黒い靴を履いて行かなくてはならない教会に、禁じられた赤い靴を履いて行くような娘。
今日も養い親が死の床に就いているのに、赤い靴で舞踏会に出かけてしまいます。
するとカーレンの靴は呪いがかかって脱げなくなり、一生休む事なく踊り続けなければならなくなったのです。
昼も夜も踊り続けるカーレン。養い親の葬儀にさえ出られませんでした。
呪いから逃れるため、とうとうカーレンは両足首を切断します。
赤い靴は、切り離された両足を入れたまま、踊りながら去っていったのでした。
アンデルセン作「赤い靴」より
◇
今日は九月三十日、アメリカの防災の日だ。オハラ大統領の二人の娘パット(パトリシア、十一歳)とケティ(キャサリン、五歳)もイベントに参加するので朝から大騒ぎ。
ベビーシッターのメリー(本名、真理子。日本人、二十三歳)もファーストレディのママの代わりに付き添う事になったので、よけいに嬉しいのだ。
だってママは厳しいけど、メリーは親切で優しくて、若くて美人で、胸まででかい。毎晩その胸に頭をのせて、心臓の音を子守唄にしてる俺が言うんだから間違いな
い。
俺か? 俺の名はソックス。クリスマスプレゼントを入れるあのソックスさ。
ケティに飼われている雄猫なんだ。
タキシード柄で、四本足は白靴下、八割れ顔のシュッとしたハンサム。
生まれて六カ月だ。
そうそう、メリーの事だ。古いことわざにあるだろう?
「天国とはアメリカの給料をもらい、中国人のコックを雇い、英国のでっかい家に住み、日本人の妻を持つこと」だって。
家はともかく、メリーならコックは不要。料理の腕はプロ並み、和洋中すべてOKだ。
そんなメリーを新聞が〝ホワイトハウスのメリーポピンズ〟なんて記事にしたもんだから、今じゃメリーは、全米お嫁さんにしたい女性ナンバーワンになっちゃって、ホワイトハウスには毎日ファンレターがいっぱい来るようになった。
パットとケティは、メリーが結婚してベビーシッターをやめるんじゃないかと心配している。
ファンレターの半分が独身男。半分が写真入りで、「息子の嫁になって下さい」という母親達のじゃ心配にもなるよな。
そのメリーが今日は黒の礼服を着ておめかししている。
〝黒は女を美しくする〟って本当だ。キレイだよ、メリー。
俺はいつものように挨拶がてら、スリスリしようとした。
「ソックス、今日はダメ! やっとあなたの抜け毛を取り終ったところなのよ」
右手のクルクルローラーはそれか。
「メリーの服、台無しにする気だな、この腹黒ネコ」
パットのいつもの憎まれ口が出る。
「ソックスはお腹白いもん、黒くないもん」
ケティが俺を抱っこしてお腹を見せる。
「ケティ! 今取り終ったのに」メリーはガックリ。
ケティの胸は、俺の背中の黒い毛でいっぱいだ。ごめんなメリー。
「ふーんだ。毎日海苔ばっかり食ってりゃ、腹の中は真っ黒に決まってら。
早く去勢させなよ、そしたら少しは大人しくなるさ」
いじわる姉ちゃんのパットは俺がキライなんだ。
俺がまだ子供で、親とはぐれて、ここの台所に迷い込んだのは四カ月前。
ジブリおたくのパットのために、メリーが一時間かけて作った特製〝黒猫ジジのり弁〟 俺が盗み食いした事を、未だに根にもってる。
だって腹ペコだったんだよ。だから、そのうまかったことったら!
以来俺は海苔が大好きになり、パットは俺が大キライになったってわけ。
ごはん粒だらけの顔で現行犯逮捕された俺を、
パットが「叩きだせ!」と怒り、
ケティが「猫ちゃん、飼うの」とがんばり、
ファーストレディのママが「自分の世話も出来ないくせに」と渋り、
猫好きのメリーが「世話は私がします、何とかなりますよ」と請け合い、
娘に甘い大統領のパパが「まあいいじゃないか」と言ってくれて、俺はここで飼われる事になった。
ケティとメリーと大統領は、俺の命の恩人だ。
そして、借りを返すのは男の義理ってもんだ。
その日から俺はホワイトハウスのパトロールを、一日も欠かさず続けている。
よく鼠一匹通さない厳重な警備なんて言うが、俺という猫一匹通れたんだから、ここの警備は穴だらけだ。
すくなくとも、俺がパトロールを始めてからは鼠は一匹も通しちゃいない。
まったく俺がいなかったら、ここの警備はどうなっていた事やら。
「ソックス、今日は一人でお留守番なの、ごめんね。おやつ先にあげとくね」
そう言うとメリーは、真四角の大型タッパの横止めをパチンとはずして、パリパリの海苔を半分くれた。
いつもは四分の一だから特別サービスだ。
丸山海苔の〝佐賀のはしり〟は、メリーが自腹で日本からお取り寄せしている逸品なんだ。
愛されてるなぁ俺、うまい。
「オーイお嬢さん方、新聞社の記者さんが正面の芝生の所でカメラかまえて待ってるよ、インタビュー急いでおくれ。ママは党の婦人会だし、パパもこれから昔の友達に会わなきゃならないから。
ケティは今日、大脱走(煙の中を身を低くして進む避難訓練)初めてやるんだろ? 気を付けるんだよ」
大統領のパパはけっこう心配性だ。
「だいじょうぶ。ケティ消防士だもん」
煙の中で逃げる時、この色ならめだつからと、真っ赤なツナギと、脱げないようにベルトで止めるエンジニアブーツ(五歳児用)をあつらえてもらい、ケティはやる気満々なのだ。
そのお気に入りの赤いブーツを〝アンデルセンの呪いの赤い靴〟とパットにからかわれて、きのう大泣きしてたのは、もうすっかり忘れてるみたいだ。
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