めでたしめでたし

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めでたしめでたし

 ビシャア‼︎ 冷たい!   後ろ足が二本水びたしになってる。おかげで意識が戻った。 「しまった、一本だけねらったんだが」  下の方で梯子車の伸ばした梯子の先で、消防士が放水しているのが見える。  それで後ろ足のペンキが流れ落ちたのか。  とたんに、ガクンと下半身が重くなり、俺は、かなりのスピードで落下しはじめた。  あのペンキの浮力が半分になったせいだ。  一難去ってまた一難。飛んで死ぬのと落ちて死ぬのって、どっちが楽に死ねるんだろう?   引力のバカヤロー、ニュートンなんて大嫌いだ! 「ソックス、ソックス」メリーが必死に俺を目掛けて走ってくる。  お願い、間に合って。そのふわふわの胸に俺を受け止めて――  でもなれないパンプス、タイトスカートだ。早く走れない。ああ俺の落下の方が早い。  その時、1人の消防士がメリーを抜いてすごいスピードで俺に向かって来た。  間に合うか!   そいつは俺が地上にたたき付けられる寸前、みごとなフライングレシーブでキャッチ。   体をひねって、受け身をとった。俺は生きて、消防士のかったーい胸の上にいた。  し、死ぬかと思った。俺の心臓はぶっこわれる寸前でバクバクしている。 「ソックス!」なつかしいメリーの声。  消防士ごと、俺をキョーレツにハグした。 「よかった、よかった。ソックスを助けてくれてありがとう」  メリーが泣きながら言った。でっかいふわふわのメリーの胸。  うれしいけど、消防士との体にはさまれて、苦しいよ。  ドドッドドッドドッ。  なんだ? 下の方から聞こえる重機のエンジン音みたいなのは? これってもしかして消防士の心臓の音?   あっ、こいつ真赤になってやがる! てめえ、メリーのおっぱいに惚れたな?  トトットトットトッ、って何だ?   メリーの心音も倍速になってる。こっちもかい!  わーっ、くそっ離れろ、離せえ。メリーはメリーは、俺のだ――ムギュ。  二つの胸に挟まれて、俺は気絶した。  ◇    次に俺の意識が戻ったのは、前足をバケツの水につけられて、洗われてた時だった。  しかも洗ってるのはDr.ワ・ルイゾ! 「シャーッ」と俺の(ネイル)が火を噴いた。 「ひゃああっ」博士の素っ頓狂な悲鳴があがる。 新聞記者の笑いとフラッシュ。芝生の上は大勢の人でいっぱい。  みんなで俺を囲んで、拍手で俺の生還を祝福していた。  メリーはまだ泣いてて、その肩をあの消防士がしっかり抱いている。  猫を助けた勇敢な消防士。防災の日は大盛り上がりだ。  だけど俺は喜べない。あの消防士にメリーを取られちまった。初恋は実らないって本当だったんだ。  俺の青春をかえせ! ディズニーのうそつき〝ピノキオ〟なんて二度と見ないからな!  次の日、朝の新聞の一面をかざったのは、メリーと俺と、あの消防士のスリーショットだった。  メリーは感謝をこめて、所轄の消防署には、大量のカリフォルニアロールの詰め合わせを。俺を助けた消防士には、あの新聞のスリーショットの特大キャラ弁ちらしずし(製作時間3時間)をプレゼントした。 「もったいなくて食えない」感動のあまり、あいつふるえてた。  ハートの次は、胃袋まで鷲掴みかよ。言っとくけどキャラ弁は作るのに時間がかかる。  いくら酢飯ったって早く食わんと腐るぞ。  その日の新聞のはじっこに、あの絨毯が通りすがりの人工衛星の太陽光パネルにひっかかり、人工衛星ごと遠く彼方へ飛び去ったと載っていた。  でもホワイトハウスは、知らぬ存ぜぬで通しているようだ。  オハラ大統領もタヌキだよな。中国のだったらしいから、まあいっか。  俺のせいじゃねえよーだ。  Dr.ワ・ルイゾは母国へ帰っていった。あの不思議な赤いペンキは、もう再現不可能だそうだ。  メリーとあの消防士は、熱烈交際中だ。  結婚してもメリーは、大統領の任期中はベビーシッターを続けると、約束してくれたそうだ。  大統領は、パットとケティに『二期目も当選しなかったら、もうパパと呼んでやらない』と脅されている。  なに八年なんてすぐだ。そのころにはケティは、パットの年をこえて、俺がいなくたって大丈夫だろう。  だから、俺はメリーについていく。あの消防士は命の恩人だから、義理ははたす。  だが、あいつがメリーを泣かせたり、不幸にしたら、容赦しない。  俺の(ネイル)が火を噴くぜ!                
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