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呪われたお妃様
カン! 一番小人が槌を振る、真っ赤に灼けた鉄を打つ。
「我らの可愛い白雪姫。我らの大事な宝物。その姫が」
カン!二番小人が槌を振る。
「魔女の妃に殺された。毒の林檎で殺された」
カン!三番小人が槌を振る。
「けれども姫は生き返った、王であられる父君の愛ゆえに。魔女の呪いは解かれたのだ」
カン!四番小人が槌を振る。
「今日は姫と王子の結婚式、魔女の妃の裁きの日。我ら七人呪いも七つ、たった一度の死で許すものか‼︎」
カン!五番小人が槌を振る。
「七度産まれて七度死ね、我らの呪いの赤い靴を履いて」
カン!六番小人が槌を振る。
「逃げ果せればお前は自由、靴がお前を七度殺せばお前の魂は地獄堕ち」
カン!七番小人が槌を振る。
「そうしてお前は赤く灼けた鉄の靴を履いて、地獄で踊り続けるのだ。世界の終わりが来る日まで」
鎖に繋がれ、魔女の妃が引き出された。
赤く灼けた鉄の靴を履いて、死ぬまで踊るために。
遠くで娘の泣く声がする。
「ムッター、ムッター、ムッター……」
◇
「ふざけんな!誰がこんなモン着るかー」
声と同時にマンションのドアが開き、男が転がり出て来た。麗子さんのお兄さんだった。
続いて紅い着物が降って来る。
「あのクソ親父に言っとけ、今度こんな物持って来たら勘当だ!」
ドアが壊れそうな音を立てて閉まる。
「お兄さん大丈夫ですか?」
僕はお兄さんを助け起こした。
「ああ、雪雄君ありがとう」
可哀想にお兄さんは涙ぐんでいる。
大会社の社長のお父さんの、秘書をしているお兄さんは、男勝りの妹の麗子さんとお父さんに挟まれて、苦労が絶えないのだ。
時は十二月上旬。来年の成人式の着物を届けに来て、こんな事になったらしい。
お兄さんは「恋人の君からも説得してくれ」と頭を下げるけど
そりゃ無理です。
だって、僕はお父さんの押し付ける見合い避けのための、偽恋人なんですから。
その上麗子さんは女が嫌で、成人したら性転換手術で男に成るため、タイの病院にもう予約も入れてるんですよ。
◇
僕らの出逢いは九ヶ月前。
一年間の一般教養のカリキュラムも終わり、仏語の初めての授業の日だ。
僕は講堂の、最前列の席の端っこに座っていた。
その時ドアが開いて、女の子達の黄色い声の一団が入ってきた。
「うるさいなぁ……」
振り向くと、騒ぎの真ん中にいた美青年と眼が合った。
途端に頭の中で鐘が鳴る。
「この人だ、僕の運命の人は」
て……男なんですけど!
フリーズした僕に、そいつはツカツカと歩み寄り、無言で隣にストンと座る。そして探る様な眼で、恥ずかしく成るくらいジーッと僕を見詰めた。
うわわ、どうしよう! 僕、BLヤダ、こまる。
思わず後退りして、そのまま椅子から落ちてしまった。
「おい、大丈夫か?」
ハスキーで素敵な彼の声。僕、BLでもいいかも……。
授業が始まり、教授が出席を取り出したけど、僕は彼に見とれてた。
「白井雪雄、初日から欠席か?」
教授の声が響く。
「あ、ハイ!白井雪雄ここです」
慌てて立ち上がった弾みに、思い切り机の角に男の急所をぶつけた。
股間を押さえて涙ぐむ僕を見て、彼がドン引きしてる。
「白戸麗子」
「ハイ」 ハスキーな声が答える。
え、麗……子?振り向くと、軽蔑した様な顔がそこに有った。
「白戸麗子です、よろしく」
頭が真っ白になり、気づくと授業はもう終わって、僕は講堂の最前列で一人で座っていた。
「ハア……」
トイレの洗面所で顔を洗って溜息をつく。
鏡に映る色白で女の子みたいな顔。
パッチリ目に長い睫毛、真っ赤な唇、ツヤツヤの黒髪。
「雪雄は女の子だったら良かったのにねえ」
死んだお婆ちゃんがよく言ってたっけ。
高校の時も、この外見のせいで〝お嬢ちゃーん〟って虐められ、ホモっ気の有る先輩男子にしょっちゅう言い寄られて……。
操守って卒業できたのが奇跡だったんだよね。
勉強だけは、頑張って良い大学に入れたけど、友達はできなくていつも一人ぼっち。
挙句に、白馬に乗った王子様みたいな女の子に一目惚れして……撃沈。
なんで男になんて生まれて来たのやら。神さまお恨みします。
――鏡よ、壁の鏡よ。国中で一番美しい女はだれ?――
「はい、白戸麗子さんです」
僕は反射的に答えた。
「へえ、そうなのか」
後ろから聞こえるこのハスキーな声は――。
「わぁ!白戸さん、どうしてここに?」
「どうしてって……手を洗いたいんだが」
「あ、すいません!」
僕は慌てて場所を譲った。彼女が手を洗う水音だけが響く。
「ン?ペーパータオル切れてる。ハンカチ車か」
「どうぞ」
僕は胸ポケットからハンカチを出した。受け取ったハンカチを見て麗子さんは怪訝な顔をした。
白のレースだったからだ。
「わぁ!間違えた。それ死んだお婆ちゃんのです。御守りがわりに持ってるんです。」
「お婆ちゃんね……」
眉間に深いシワが寄る。
下を向いたままの綺麗な唇が、声をたてずに動いた。
〝へたれ〟
「雪雄は車で来てるのか?」
手を拭いてしばしの沈黙の後、麗子さんは言った。
「え?電車です。免許は持ってますけど」
すると、すっとハンカチと一緒に車のキーが差し出された。
「なら、送らせてやる。光栄に思え!」
「ハイ?」
なんだか分からない内に、僕は麗子さんの専属運転手になっていた。
慣れない外車の左ハンドル。
オープンカーなのに景色どころじゃない。
事故らずに麗子さんの住むタワーマンションに着けたのは奇跡だったと思う。
青息吐息の僕を引きずって、マンションの最上階にある自分の部屋に駆け込むと、麗子さんは、見合い写真の束を抱えて待っていたお兄さんに宣言した。
「見合いはしない、コイツと結婚する」
以来僕は、見合いを断る口実の恋人(仮)として、犬の様に毎日麗子さんの後にくっついている。
はたからどう見えようと、犬で幸せ。運命の女性と一緒にいられるんだもん。
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