5人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
ピンポーン!
玄関チャイムが家の中に鳴り響く。
「はいはーい」
俺は、誰に聞かせる訳でもなく返事をしながら玄関へと向かう。
そして、鍵を外して扉を開けると、大雨と共に、隣の幼馴染みが飛び込ん出来た。
「あぁ、ヱルいらっしゃい。雨凄いけど、大丈夫か?」
「いゃぁ、隣から来ただけなのに、結構濡れちゃったわ」
「上がってくれ。今タオル持ってくるから」
俺は、そうヱルに告げると、洗面所へタオルを取りに向かった。
「ほい、タオル」
「ありがとう」
ヱルはタオルを受けとると、肩や髪を拭き始める。
まだ6月だと謂うのに、ゲリラ豪雨とは酷いものだ……。
ホント最近の天候は、ヱルのご機嫌並みに変わりやすい。
「……ねぇ閃貴。……なんか、良からぬ事考えているでしょう」
ギクッ!
コイツは超能力者か?
しかし、ポーカーフェイスの俺は、そんな事を考えているなど、おくびにも出さない。
「……そんな訳無いだろう。深読みするなよ」
「……ふーん。……まっ、そう謂う事にしておくわ」
「そう謂う事にしておいてくれ…………ぁ」
「…………おぃ」
……あぁ……嘘を突き通すのは難しい。
「まっいいわ。……それよりも閃貴悪いわね。夕飯食べに来ちゃって」
「いゃ、聞いたよ。なんか葬儀に出るため、おじさんとおばさん、九州に行ったんだって?」
「そうなの。叔父さんが心筋梗塞とかで、急にね。今後の家の事とかあるから、どうしても鹿児島行かないと、って云ってね」
「そりゃ大変だ……」
そんな話をしながら、俺はガスコンロに火を入れる。
「ところで閃貴? おじさんと、おばさんはどちらへ?」
「ん? 親父と母ちゃんか? 親父はまだ仕事だし、母ちゃんは姉ちゃんを迎えに駅へ行ってるよ」
「千花さん?」
「そう。なんか、友達と遊びに行ったのは良いものの、雨なので迎えに来てって云ってさ」
「ふーん。でもさぁ、電車止まってるって、さっきニュースで流れていたよ」
「そうなんだ。まっ嵐だからそんな事もあるだろうよ」
軽い返事をしながら、俺はカレーの入った鍋をかき回す。
すると、俺のスマホが、キンコーンっとメッセージの着信を訴える。
「あー、母ちゃんからだ」
「なんて?」
「んー、電車止まってるので、先に夕飯食べてろってさ」
「……そうか……って事は、今この家には、二人っきりって事だね……」
俺の鍋をかき回す手が一瞬止まる。
「あれ~、もしかして、閃貴意識しちゃった? 若い男女が二人っきり。男子の憧れるシチュエーション、ベスト3じゃない?」
「なっ、なに勝手に云ってんだよ。ウチになんか何回も来てんだろ。べっ、別に意識なんか、してねーし」
俺の、カレーをかき回す手が早くなる。
「そんなに一所懸命にかき混ぜなくても、大丈夫だと思うけど~~」
「うるせぇ! 良くかき混ぜた方が美味しいんだよ」
「えっ、それって納豆の話でしょう?」
「うるせぇ! カレーも同じだ! ……たぶん……」
俺は、体が熱くなってきたのを誤魔化す様に、皿に米とカレーを慌てて装う。
そして、その皿をヱルの目の前に置いた。
「さっさと食って、さっさと帰れ!」
「え~、そんな事云わないでよ。外、雷スゴいし」
「知るか! 雷なんて落ちやしない!」
俺はヱルに対して声を荒げた。
だが、次の瞬間、部屋が恐ろしいほど眩い光に包まれた。
ガラガラドガシャーン!
家の直ぐ近くに、稲妻が落ちた。っと同時に今度は辺りが真っ暗に包まれた。
「おっ、停電か」
しかし、俺の目は、先程の稲妻の光を直視してしまった為、全く何も見えていなかった。
稲妻の光によるホワイトアウトからの停電。
ダブルパンチによって、視力が一時的に失われた様だ。
だがしかし、しばらくすれば目も治るだろう。
俺は楽観的に考えた。
俺は視力を失っているが、五感の内、当然触覚にあっては健在だ。
しかし、その触覚、正確にいうと、右手に思いもよらぬ感触が現れたのだ。
俺は机の横に立っていたので、手はダラリと垂れ下げていた。
しかし、その俺の手を何者かが優しく包み込み、指を絡ませて来た。
その指は、柔らかく、滑らかに俺の指の間をすり抜ける。まるで絹織物が俺の指の間を流れて行ったかの様だった。
絹の様な相手の手は、目が見えなくとも、感覚だけですぐに左手と分かった。
なぜなら、相手は俺の右手と恋人繋ぎをしているため、絡み方が普通に手を繋ぐより深い為だ。
しかも、更に相手の右手は、俺の手の甲をそっと包み込む。
つまり、俺の右手はサンドイッチする形で優しく覆われたのだ。
……こっ、これは……。
やっ、やばい、心拍数が小動物並みに上がっている。
ちくしょう。さっき、意識するとかしないとか色々云われたが、意識しないのは無理ってなものだ。
俺は、握られている右手に、軽く力を込めた。
そう、ヱルに対する気持ちは、既に限界に達していたのだ。
俺は、自分の感情に素直になろうと、空いている左手で、ヱルの体を抱き寄せようとした。
しかし、相手は俺と触れている為、俺がどのような動きをするのか予想が付いたのだろう。
そう、次の瞬間、相手の手はスルリと指を解き、俺の手から消え去って行くのだった。
……あぁ。
俺は、チョット残念だったなと思いながらも、目尻をマッサージして、視力の回復を図かる。
俺が数回目尻を押したところで、パッと部屋に明かりが灯った。
どうやら、思っていたよりも早く電気が回復したみたいだ。
先程の事があるせいか、俺はヱルに顔を向けられなかった。
幼馴染みと手を握るなんて、久しぶりの事だったしな。
……しかし、俺も男だ。
ヱルが、あそこまで積極的になってくれたのであれば、それに答える義務がある。
男なら、覚悟を決めて、しっかりとヱルの顔を見るべきだ!
覚悟を決めた俺は、ハニカミながらも顔を少しずつ上げていった。
……ヱルもきっと赤面しているに違いない。
俺はそう考えながら、緩やかに目を見開いた。
――だが、そこには俺が思っているヱルの顔はなかった。
真っ赤な顔をしている俺とは正反対に、ヱルは『どうしたの?』と謂った顔をしながら、カレースプーンを咥えていたのだ。
「……あれ?」
「……ん? どうかしたの? おばさんの作ったカレー美味しいよ」
「いゃ、そうじゃなくて、さっき、手をギュって」
ヱルの顔が、今の空模様と同じく曇った。
「え゙っ、あんた、何キモい事云ってるのよ!」
「いゃ、だって、さっき……」
ヱルの顔が、ウジ虫を見る様な目付きへと変わった。
「あっ、いゃ、何でもないです……スミマセン」
「変な閃貴ね」
そう、ヱルは答えると、何事も無かったかの様に、カレーを食べ始めた。
ん~さっきのは、何だったんだ? 気のせい? それともお化け?
俺は、そんな事を考えながら、ヱルと同じくカレーを食べる為、席に着くのだった。
その後は、特に変わったこともなく、母ちゃんと姉ちゃんが帰ってきて、ヱルは自分の家に帰って行った。
結局、あの手は誰のだったんだろう?
ヱルが変な事を云ったから、意識して、錯覚でも起こしたのかな?
俺はそんな事を考えながら、食器を洗うのだった。
● ● ●
ガチャリ。
ヱルは自宅の鍵を開けて、玄関へと入るなり、ヘナっとしゃがみ込んだ。
そして、両手で、顔面を覆う様に顔を隠した。
あ~~、私、一体何やっているのぉぉぉおおお!
いくら雷に驚いたからって、閃貴の手握っちゃうなんてぇぇええ!
…………それにしても、久しぶりに握った閃貴の手……。
ヱルは、あの時の感触を思い出す。
……ゴツゴツしていて、ちょっと頼しかったな~。
いつの間にかに男らしくなって……って、ヱル、何考えているの。
相手は、閃貴なんだからね、閃貴!
そんなモヤモヤを抱えなから、ヱルは火照った体と、滴る冷えた雨を洗い流す為、お風呂へと向かうのだった。
最初のコメントを投稿しよう!