#05 停電なんだから驚いてもいい!

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 ピンポーン!  玄関チャイムが家の中に鳴り響く。 「はいはーい」  俺は、誰に聞かせる訳でもなく返事をしながら玄関へと向かう。  そして、鍵を外して扉を開けると、大雨と共に、隣の幼馴染みが飛び込ん出来た。 「あぁ、ヱルいらっしゃい。雨凄いけど、大丈夫か?」 「いゃぁ、隣から来ただけなのに、結構濡れちゃったわ」 「上がってくれ。今タオル持ってくるから」  俺は、そうヱルに告げると、洗面所へタオルを取りに向かった。 「ほい、タオル」 「ありがとう」  ヱルはタオルを受けとると、肩や髪を拭き始める。  まだ6月だと謂うのに、ゲリラ豪雨とは酷いものだ……。  ホント最近の天候は、ヱルの()()()並みに変わりやすい。 「……ねぇ閃貴。……なんか、良からぬ事考えているでしょう」  ギクッ!  コイツは超能力者か?  しかし、ポーカーフェイスの俺は、そんな事を考えているなど、おくびにも出さない。   「……そんな訳無いだろう。深読みするなよ」 「……ふーん。……まっ、そう謂う事にしておくわ」 「そう謂う事にしておいてくれ…………ぁ」 「…………おぃ」  ……あぁ……嘘を突き通すのは難しい。   「まっいいわ。……それよりも閃貴(せんき)悪いわね。夕飯食べに来ちゃって」 「いゃ、聞いたよ。なんか葬儀に出るため、おじさんとおばさん、九州に行ったんだって?」 「そうなの。叔父さんが心筋梗塞とかで、急にね。今後の家の事とかあるから、どうしても鹿児島行かないと、って云ってね」 「そりゃ大変だ……」  そんな話をしながら、俺はガスコンロに火を入れる。 「ところで閃貴? おじさんと、おばさんはどちらへ?」 「ん? 親父と母ちゃんか? 親父はまだ仕事だし、母ちゃんは姉ちゃんを迎えに駅へ行ってるよ」 「千花(せんか)さん?」 「そう。なんか、友達と遊びに行ったのは良いものの、雨なので迎えに来てって云ってさ」 「ふーん。でもさぁ、電車止まってるって、さっきニュースで流れていたよ」 「そうなんだ。まっ嵐だからそんな事もあるだろうよ」  軽い返事をしながら、俺はカレーの入った鍋をかき回す。  すると、俺のスマホが、キンコーンっとメッセージの着信を訴える。 「あー、母ちゃんからだ」 「なんて?」 「んー、電車止まってるので、先に夕飯食べてろってさ」 「……そうか……って事は、今この家には、二人っきりって事だね……」  俺の鍋をかき回す手が一瞬止まる。 「あれ~、もしかして、閃貴意識しちゃった? 若い男女が二人っきり。男子の憧れるシチュエーション、ベスト3じゃない?」 「なっ、なに勝手に云ってんだよ。ウチになんか何回も来てんだろ。べっ、別に意識なんか、してねーし」  俺の、カレーをかき回す手が早くなる。 「そんなに一所懸命にかき混ぜなくても、大丈夫だと思うけど~~」 「うるせぇ! 良くかき混ぜた方が美味しいんだよ」 「えっ、それって納豆の話でしょう?」 「うるせぇ! カレーも同じだ! ……たぶん……」  俺は、体が熱くなってきたのを誤魔化す様に、皿に米とカレーを慌てて装う。  そして、その皿をヱルの目の前に置いた。 「さっさと食って、さっさと帰れ!」 「え~、そんな事云わないでよ。外、雷スゴいし」 「知るか! 雷なんて落ちやしない!」  俺はヱルに対して声を荒げた。  だが、次の瞬間、部屋が恐ろしいほど眩い光に包まれた。  ガラガラドガシャーン!  家の直ぐ近くに、稲妻が落ちた。っと同時に今度は辺りが真っ暗に包まれた。 「おっ、停電か」  しかし、俺の目は、先程の稲妻の光を直視してしまった為、全く何も見えていなかった。  稲妻の光によるホワイトアウトからの停電。  ダブルパンチによって、視力が一時的に失われた様だ。  だがしかし、しばらくすれば目も治るだろう。  俺は楽観的に考えた。  俺は視力を失っているが、五感の内、当然触覚にあっては健在だ。  しかし、その触覚、正確にいうと、右手に思いもよらぬ感触が現れたのだ。    俺は机の横に立っていたので、手はダラリと垂れ下げていた。  しかし、その俺の手を何者かが優しく包み込み、指を絡ませて来た。  その指は、柔らかく、滑らかに俺の指の間をすり抜ける。まるで絹織物が俺の指の間を流れて行ったかの様だった。  絹の様な相手の手は、目が見えなくとも、感覚だけですぐに左手と分かった。  なぜなら、相手は俺の右手と恋人繋ぎをしているため、絡み方が普通に手を繋ぐより深い為だ。  しかも、更に相手の右手は、俺の手の甲をそっと包み込む。  つまり、俺の右手はサンドイッチする形で優しく(おお)われたのだ。  ……こっ、これは……。  やっ、やばい、心拍数が小動物並みに上がっている。  ちくしょう。さっき、意識するとかしないとか色々云われたが、意識しないのは無理ってなものだ。    俺は、握られている右手に、軽く力を込めた。  そう、ヱルに対する気持ちは、既に限界に達していたのだ。  俺は、自分の感情に素直になろうと、空いている左手で、ヱルの体を抱き寄せようとした。  しかし、相手は俺と触れている為、俺がどのような動きをするのか予想が付いたのだろう。  そう、次の瞬間、相手の手はスルリと指を(ほど)き、俺の手から消え去って行くのだった。  ……あぁ。  俺は、チョット残念だったなと思いながらも、目尻をマッサージして、視力の回復を図かる。  俺が数回目尻を押したところで、パッと部屋に明かりが灯った。  どうやら、思っていたよりも早く電気が回復したみたいだ。  先程の事があるせいか、俺はヱルに顔を向けられなかった。  幼馴染みと手を握るなんて、久しぶりの事だったしな。  ……しかし、俺も男だ。  ヱルが、あそこまで積極的になってくれたのであれば、それに答える義務がある。  男なら、覚悟を決めて、しっかりとヱルの顔を見るべきだ!    覚悟を決めた俺は、ハニカミながらも顔を少しずつ上げていった。    ……ヱルもきっと赤面しているに違いない。  俺はそう考えながら、緩やかに目を見開いた。  ――だが、そこには俺が思っているヱルの顔はなかった。  真っ赤な顔をしている俺とは正反対に、ヱルは『どうしたの?』と謂った顔をしながら、カレースプーンを(くわ)えていたのだ。 「……あれ?」 「……ん? どうかしたの? おばさんの作ったカレー美味しいよ」 「いゃ、そうじゃなくて、さっき、手をギュって」  ヱルの顔が、今の空模様と同じく曇った。 「え゙っ、あんた、何キモい事云ってるのよ!」 「いゃ、だって、さっき……」  ヱルの顔が、ウジ虫を見る様な目付きへと変わった。 「あっ、いゃ、何でもないです……スミマセン」 「変な閃貴ね」  そう、ヱルは答えると、何事も無かったかの様に、カレーを食べ始めた。  ん~さっきのは、何だったんだ? 気のせい? それともお化け?  俺は、そんな事を考えながら、ヱルと同じくカレーを食べる為、席に着くのだった。  その後は、特に変わったこともなく、母ちゃんと姉ちゃんが帰ってきて、ヱルは自分の家に帰って行った。  結局、あの手は誰のだったんだろう?  ヱルが変な事を云ったから、意識して、錯覚でも起こしたのかな?  俺はそんな事を考えながら、食器を洗うのだった。  ● ● ●  ガチャリ。  ヱルは自宅の鍵を開けて、玄関へと入るなり、()()っとしゃがみ込んだ。  そして、両手で、顔面を覆う様に顔を隠した。  あ~~、私、一体何やっているのぉぉぉおおお!  いくら雷に驚いたからって、閃貴の手握っちゃうなんてぇぇええ!  …………それにしても、久しぶりに握った閃貴の手……。  ヱルは、あの時の感触を思い出す。    ……ゴツゴツしていて、ちょっと頼しかったな~。  いつの間にかに男らしくなって……って、ヱル、何考えているの。  相手は、閃貴なんだからね、閃貴!  そんなモヤモヤを抱えなから、ヱルは火照った体と、(したた)る冷えた雨を洗い流す為、お風呂へと向かうのだった。  
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