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七月半ば。長らく続いた雨が、ようやく上がった。
窓の外を見た主様が、嬉しそうに声を上げたのだった。
「天使のはしごだわ。……今日にも、梅雨明け宣言出るかしら」
窓の外。雲の切れ間から、太陽の光がハシゴのように射しこんできている。久しぶりに長い散歩に行けそう、と言う彼女の言葉を聞いて僕は舞い上がった。雨の日は散歩の時間も短くなっていたし、レインコートを着せられるしで本当に嫌だったのである。
僕は久しぶりに“裸族”のまま外に出た。つけているのはハーネスのみ。のっそりのっそり、とライチも寝床から起きてきて僕と飼い主の後ろをついてくる。
「あら、ライチ。今日は貴方も一緒に行くの?」
「ナア」
「そう。じゃあ、ゆっくり歩かないとね」
飼い主は心配そうだった。近頃彼がおっとりしていて、素早く動くことがなくなっていたことに気付いていたからだろう。
僕と飼い主とライチは一緒に家を出た。ライチが歩く速度に合わせて、ゆっくりゆっくり、住宅街を歩いていく。
――いいもの、ってなんだろう。天使のハシゴのことなのかな。
ライチに合わせて緩慢に歩を進めていく僕。暫く坂道を上ったところで、彼が急に足を止めた。そして振り返り、なう、と一声鳴く。後ろを振り返ってみろと言いたいらしい。
「あ」
振り返った僕は、見た。住宅街、立ち並ぶ屋根の上に、弧を描くものが存在することに。
大きな大きな、虹。
赤、黄色、オレンジ、青、緑、紫、ピンク、白――色とりどりの橋をかけた虹が、天使の梯子の手前にくっきりと出現していたのだった。
「き、綺麗……」
「綺麗だろ」
彼は僕の横に座り、どややん、と背筋を伸ばした。
「雨上がりにしか見えないんだ。……お前はまだガキだから、世界の広さを知らない。けど、これからは飼い主にあっちこっち旅行に連れていってもらうこともあるだろうし、散歩だっていつもより遠くまで行くようになるかもしれない。生きていれば、もっともっと、すげえもんがたくさん見られるようになるもんだ。だからお前はたくさん生きて、超絶長生きして、おもしれえモンや綺麗なもんをたくさん見るんだ。わかったな」
「う、うん」
「それならいい。……それなら、あいつもきっと浮かばれるだろうさ」
あいつ?
と僕は首を傾げた。
残念ながら、ライチはそれ以上の事は何も語ってはくれなかったのである。
その翌日のことだった。老衰で、彼が静かに息を引き取ったのは。
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