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博臣は後部ドアを開けると、とにかく青年を雨をしのげるところへ移動させようと手を引く。
渋っていた彼は「……車が濡れる」と、ぼそりと呟いた。
激しい雨音の切れ間で、博臣はその声を拾った。
「そんなのいいから。後で拭けば。よければ家まで送って行くよ」
「……何? あんた。そんなに必死になって。俺の──が目的なワケ?」
──え?
軽蔑するような台詞に、博臣は目を瞠った。
博臣の反応が相手の予想しないものだったのか、青年も少しばかり動揺していた。
そして、顔を見て博臣がどこの誰だか気がついたようだった。
わざとつくったニヒルな表情が崩れていく。
「うわ……誰かと思えば、店員さんじゃん。今の聞かなかったことにして。忘れて」
「うわぁ……はず」と、青年は自嘲する。
扉を閉め切ると、天井を打つ雨音が二人きりの車内に響く。
「家はどこ? ……というか、先に着替えたほうが」
「家は帰れないんだよな。ペット禁止のマンションだから」
「は?」
何の言い訳……かと思ったら、寛げたジャージの胸元がごそごそと蠢いている。
にゃー、とか弱そな鳴き声が聞こえた。
「え、なんだ……猫か?」
「こいつ、何日か前からそこに捨てられてて。多分、親猫に置いていかれたんだろうな。親猫って産んだら身体の強い兄弟しか育てないって言うし」
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