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六日目・探索パート③
化粧品店のまえのアンチ(安全地帯)から口裂け女をだしぬいて脱出できるか。
雪の足跡が枷になっての難題とあって念いりに口裂け男に計画を伝えた。
そばで彼女が「まだあ?」と急かすように片足で雪を踏みつけているも、かまわず時間をかけて。
「もう一回いう?」との最終確認に彼は首をふり、うなずきあったなら早速、作戦開始。
化粧品店のまえの道にある、口裂け女がはいれない結界のような線引き。
まずは向かいの塀に、そのぎりぎりまで二人で移動。
口裂け男をまえにして俺は背中にくっついて。
口裂け女は彼と向きあい(似た格好をしているものだから)鏡合わのように蟹歩き。
壁の近くまできたなら、二人はししばし睨みあい、不意に口裂け男がスカートを広げてみせた。
威嚇するようなそぶりに彼女は後ずさり「なにをするつもり?」とばかり彼の動向に注視。
その隙にスカートを遮蔽物にして屈みこみながら俺は空き家のある塀へと。
化粧品店から塀の端までは近い。
塀には模様をくりぬいた穴があり、そこに足をかけて乗りあげようとしたところ。
スカートを広げたまま、彼がなにもしないのに訝しんでだろう。
彼から目を逸らしたところで、スカートから、はみでて俺が見えたようで。
雪の夜の静寂を切り裂くように「あああああああ!」と叫び、塀に肩を押しつけ、こすりつけながら迫ってくる口裂け女。
結界と塀の、狭い隙間に体をねじこむようにして進んでいるに、かなり遅い。
おかげで彼女の手が届くまえに、そそくさと彼のもとにもどれたもので。
危なげなく結界内にリターンできたとはいえ、いまだに口裂け女の鬼気迫る凄みに慣れず、接近されれば、心臓にわるい。
心拍数と体温をあげて、この寒空のもと全身うっすら汗ばみ、熱い息を切らしつつ、腕で口元を拭う。
俺が落ちつきを取りもどしている間に、狭い隙間を後退して彼女も元の位置に。
手順としてはスカートを広げているうちに、塀をのぼって空き家にはいりこむ。
塀を跳び越えてからスカートを元にもどすと、あら不思議、俺がドロンしているというマジック作戦、失敗!
ではない。
ひそかに空き家の敷地内にはいれても足跡でどうせばれるし。
そう、目的はあくまで足跡をつけること。
俺が空き家に逃げこもうとしていると印象づけること。
ばっちり足跡がついて、口裂け女がちらちら空き家を見ているに、その目的は達成したといえるだろう。
「よし!」と内心、ガッツポーズしつつ、ショルダーバックに手を突っこみごそごそ。
とりだしたのはメンコだ。
メンコにはデコイ、囮の役割がある。
たとえ至近距離に人がいても、メンコが叩きつけられると、どうしても口裂け女はそれに目を奪われるのだ。
といって気をそらせるのは五秒ほど。
いや、この場を切りぬけるには一瞬でも視線誘導できれば十分。
塀にのぼるまでの足跡をのこし、メンコをにぎりしめ、さあ、準備が整ったところで、ここからが本番。
口裂け男の隣に立ち、口裂け女と睨めっこをしつつ、メンコをできるだけ彼女の立つ後方に投げつける。
顔を背けたなら、とっさに彼の背後にしゃがみこみ、スカートを広げてもらって。
巨体の彼にして長いスカートを引っぱれば、広広としたカーテンのようになり、体を縮めた俺は余裕を持って隠れられる。
が、念には念を押して、白い飴を口にぽいっと。
飴の色が舌にべったりとつく、この駄菓子。
探索パートで使うアイテムとしては舐めることで舌だけでなく、全身がうっすら同じ色に染まる。
雪と同化するほどではないが、ぱっと見なら、あたりの白さに溶けこむはず。
スカートに遮られて前方が見えないものを「ああああああ!」とまたシャウトしたに、まんまと騙されたよう。
再度、俺が空き家に走りこみ、隙を突いて塀のむこうに消えたものと。
よく見れば、足跡はさっきつけたのしかなく、二重に踏まれてないのが分からるはずだが。
気づかないのは、頭に血が上っているせいもあるのだろう。
そう、口裂け男と作戦会議をしていたとき苛立っているように見えたので、わざと話しあいを長引かせた側面もあったのだ。
そうやって彼女を焦らしたのが、利いたのか。
狭い隙間で手足をじたばたさせているらしく、塀にずりずり体をこすりつける音がやけに耳につく。
慌てるような、その移動にあわせて口裂け男は徐々に体のむきを変えて。
スカートから俺がはみでて、うっかり彼女の目につかないように。
隙間から脱したようでも油断せずに、ぎゅっと体を丸め、心臓が爆音を鳴らすのを漏らすまいと歯噛みしてぎりぎり。
たいして距離はないはずが、彼女が行き当るまで、長く長く思えて、気が遠くなりかけたとき。
「門からはいった」との合図、スカートをひらひらされたのに目を見開き、跳びあがるように立ちあがった。
口裂け男の背中をかるく叩くと、いっしょに俄然、奮いたってロケットスタート。
口裂け女が立っていたほうへ足を向け、小学校への最短距離ルートへと。
空き家の敷地に踏みこんだ彼女は、塀からおりただろう場所に足跡がないのを見とめ「やられた!」とすぐに勘づくはず。
で、急いで道にもどって、今つけている俺たちの足跡を辿り、本領発揮の駿足で追ってくるだろう。
とはいえ、塀の端を見にいくまで、時間稼ぎができるあたりに勝機はある。
小学校までの距離は短く、稼いだ時間だけ引きはなせば、追いつかれるまえにゴールできる。
と思いたい。
厳密に計算したわけでないから、やっぱり賭けなのだが、足跡を消せない以上は、どこかで踏んぎりをつけて強行突破するしかない。
「彼女から遠ざかって一息つき、体勢を立てなおしたい」なんて甘っちょろい考えを捨て、このままわき目もふらず目的地に突撃する勢いで。
雪が足にまとわりつくのに苦戦をしつつ、転倒しそうになれば、お互い体を支えあい。
蒸気機関車のように白い煙を吐く俺と、うすく口を開けたまま呼吸をしていないような口裂け男と、ひたすら、うす暗い雪道を走っていった。
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