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六日目・調査パート④
まずは篠原さんにお母さんから預かった手紙を渡しに。
時間がないから人目もはばからず呼びだし、まえと同じ場所で「お母さんが篠原さんと妹さんにあてたと手紙だよ」と差しだした。
手紙をぼんやりと見つめるのを見つめて「やべ、この手紙をどこで入手したか聞かれたらどうしよう」と今更、焦ったものの、彼女は追及してこず。
遠い目をしたまま呟いたことには「ほんとうは分かっていたの。カケオチしたんだろうって・・・」と。
「わたしの学校の帰り道には、そういうホテルが一軒あってね。
なんとなく寄りつきたくなくて、いつもは避けて遠回りするんだけど。
その日は頭痛がひどくて学校早退して、歩くのがやっとだったし、しかたなくホテルのまえを通ろうとした。
そしたらお母さんとヒッピー風の格好をした若い男がでてきたのを見て。
そのときは声をかけられなかったし、帰ってきたら聞こうと思いつつ、できないままお母さんが家をでていったの。
・・・もしかたしたら、わたしが話していれば、失踪しなかったんじゃないかって、ずっと考えているんだ」
はじめて篠原さんに母親について聞いたとき、すこし違和感を持ったのは、だからか、と。
母親の失踪がカケオチによるものだと、まわりが噂するのを断固として跳ねのけつつ、まわりより確信していたらしい。
といって「お母さんを侮辱するな!」と噛みついたのは、保身のためでも、だれかを貶めるためでもないだろう。
おそらく篠原さんは、母親が自分を捨てたのでなく、自分が母親を見捨てたと思っている。
カケオチしたのは、ホテルのことを聞かなかった自分のせいだと。
自分のせいだと思えば、母親が子供を置きざりに家をでていったのを怒れない。
まわりが「カケオチだ!」と囃すのに事実だと知っていても、庇わずにはいられない。
が、正直にいえば、篠原さんがホテルの件を問い詰めたからといって、結果は変わらなかったように思う。
母親を追いつめていたのは、血も涙もない夫とその親戚だし、とどめを刺したのは姑からの手紙だったし。
そう伝えても。父親と親戚に原因があるとはまるで思い当たっていなさそうな篠原さんには、ぴんとはこないかも。
そもそも、認識不足の彼女に、父親と親戚のえげつない実態を伝えていいものか。
覗いた記憶で、母親は「まだ子供には手をだしていない」と語っていたし、篠原さんはこれから父親と親戚と長くつきあっていかないといけないし。
とはいえ、ほんらい抱えこまなくていい罪悪感に苛まれつづけるのを見過ごすわけにも・・・。
篠原さんの持つ手紙をちらりと見て「そうだ、おそらく、この手紙は口が裂かれるまえに書かれたものだ」と思いつく。
が、手紙に記述されていないことを、とくと語るのは、いかがなものか。
「いや、宗教勧誘のように誤解されてもかまうものか」と拳をにぎりしめ、生唾を飲みこんだなら「篠原さん」と口を切った。
「今から云うこと疑問だらけだろうし、笑いとばしてくれてもいいから聞いてくれないか。
お母さんは、えっと、その、相手のことをそこまで知らなくて、まんまと悪行を重ねる男に騙されたんだ。
それでカケオチしてから犯罪に加担するよう迫られた。
仲がこじれれたり、男の思いが冷めるのを避けられないと分かりつつ、お母さんはなにがなんでも拒んだんだよ。
娘と同い年の子を巻きこみたくないって」
肝心なところを伏せて、奥歯に物が挟まったような語りになっては「なんの小説か漫画ですか?もしくは妄想ですか?」と呆れられそう。
まあ、大体「おまえ、ずっと、お母さんの近くにいて見ていたのか?」と不審がられるというか、ストーカー扱いされ、気色わるがられてもしかたないが。
焦点の合わない目で俺を見るともなく見ていた篠原さんは、やおら顏を伏せた。
「関わったら危険な人物だ」と認識されたのかと思いきや、うつむいて暗い顔をしながらも「・・・ありがとう」と。
そう告げてくれたとはいえ、あいまいな反応からは心中を推し量れず。
ほんとうは洗いざらい詳細を伝えて、世の中に公表し、捜査機関か政府に働きかけたかったが、どうもマスコミにも警察にも(もしかしたら政治家にも?)拉致に加担する協力者がいるようなので。
二日目の目的地、塾が工作の拠点にされていた件が、いまだ騒がれていないのも、そのせいではないかと。
警察にその実態を証言しにいった口裂け女もどきの消息はいまだ不明だし。
今回にしろカケオチの相手は、お巡りさんなど屁でもないとばかり挙動をし、犯罪を横行しているようだったし。
結局カケオチだったとはいえ、それを否定するために篠原さんが躍起に調べたことの内容もまた無視ができない。
山向こうの海の町、その海辺の砂浜でよく人がさらわれつつ、警察が野放しにしていること。
拉致する犯罪集団が山奥に拠点を持っているだろうという推測(たぶん昨日、俺はここに連れていかれる予定だったのだろう)。
一家心中といい昔から神隠しがあったといい、怪奇的にだけでなく現実的な脅威となる存在が(なにか理由があってか)この地域に目をつけ、はびこっているように思える。
なんとかしたくても迫りくる口裂け女と対峙するので精一杯だし、ぶっちゃけ、高校生には手に余る国防の根幹の問題であり、政治家が扱うレベルの国際問題だ。
そう身のほどを分かりつつも、つい「ごめん・・・」と呟いたのが篠原さんに聞こえたのか否か。
すこしの間、瞼を閉じた彼女は、俺と向きなおることなく背を向けて歩いていった。
連れてくるときは、ふらついていた足どりが機敏になったように見えたもので。
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