六日目・探索パート②

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六日目・探索パート②

道の端ながら背をむけないで踏んばり、両拳をにぎりしめ、睨みつける俺(背中は冷や汗でびっしょりだが)。 獲物まっしぐらに長い髪をふり乱し、積雪もなんのその、兎のように颯爽と跳ねて世界新記録並の俊足で迫る口裂け女。 いつもよりマスクから、はみでた口紅が吊りあがって見えるのは、勝利確定と思っているからか。 肉食獣と見まがうような口裂け女を真っこうから待ちうけるのに、膝はがくがく。 胸を突き破りそうに心臓が爆音を鳴らしているものの、唇を噛みしめ、逃げたい衝動を抑えこむ。 あと五歩ほどの距離まで迫って、生きた心地がしなかったとはいえ、大股で足を踏みだしながら、にわかに上体を反らした。 目を丸丸として、一瞬、身をすくめ、とたんに二歩跳びすさって。 「店にはいらなくても有効でよかった・・・」とほっと一息つき、あらためて横にある店を見あげる。 個人経営の化粧品店。 俺がいた未来ほど、ドラックストアやコンビニがあちこちにはなく、こういう個別の商品を扱う小さいお店が、この時代にはぽつぽつとあったらしい。 珍しがって記憶にとどめておいてよかった・・・。 回避法のひとつ「口裂け女は化粧品店にはいれない」を思いだしての緊急避難。 ただ、探索パートでは人が住んでいたり利用している建物は踏みこめないのが原則。 「いや、建物内でなくても軒下にいれば、口裂け女は寄りつけないのでは?」と考えての賭けだったのが功を奏したよう。 店の真ん中にいる俺に彼女は近よろうとしつつ、見えない壁でもあるのか、踏みこもうとしては跳ねかえるように退いての繰りかえし。 そんな障壁があるのなら彼女のいる反対方向にいけば、足止めさせたまま、とんずらできる? そう思い、背をむけて店の端から踏み越えたとたん、口裂け女がかっと目を見開いて。 店のむかいの塀に体を押しつけながら、追いかけてきた。 「店の前を通りすぎることはできなくないのか!」と慌てて、もとの位置にもどる。 最大限、店から距離をおいて移動するから足は鈍るとはいえ、どうせ足跡を辿れれるし。 それに、あいにく、あたりに横道や抜け道はないし(あったとしても、結局、足跡問題がつきまとうが)。 唯一、やり過ごすのに使えそうなのは店の斜めむかいにある空き家。 彼女が店のまえを時間をかけて通っているうちに、走っていって塀にのぼり敷地内にはいれるかもしれない。 とはいえ、だ。 空き家を囲む家には人が住んでいるし、正面の門以外、出入り口はない。 もし、彼女が門から入り、最悪、そこで通せんぼされたら詰み。 塀をのぼってきて、もたもたしている間に、俺が門からでたとしても結局、足跡を追われるわけで。 空き家にはいって、どうにか口裂け女を振りきれないかと、あれこれ考えるも、やっぱり足跡がネック。 いや、足跡を追われるのは、どうしようもないとしても、一旦、追走を断ちきりたいところ。 彼女の視界から消え、すこしでも自由に動ければ・・・。 小学校がもう見えるこの場所から最短距離のルートをいき、ぎりぎりで敷地内に転がりこめるだろうから。 そう算段しつつも妙案が浮かばず「どうやって、目を逸らさせようなあ!」と空き家から口裂け女に目を移すと、彼女の後方で、うろうろする口裂け男を発見。 彼もまた彼女には近づけないで、もどかしそう。 それにしても背後で足踏みされて、癪ではないのか。 やっぱり口裂け女も優先順位は、口裂け男より俺らしく、背後をまったく気にせず。 「彼を囮に使えないってわけか」と舌打ちしつつ、彼が歩きまわり長いスカートをひらひらさせているのに、はっとする。 グッドアイディアが浮かびかけ、とりあえず大声を張りあげて指示を。 「うしろにある角を左に曲がって、つぎの角も左に曲がって、コンドは三つ目の角を左に曲がったら、ぐるりと回って、この道にこれるから!」 静止して、俺をじっと見つめ、云われたことを反芻しているよう。 すこし間をあけて、うなずいたなら、命令に忠実な犬のように走りだした。 積雪を物ともせず疾走をする彼女と比べて鈍くさく、雪に足をとられ、もたもたするのが彼らしくて、ふと、ほほ笑んでしまう。 なんて、和んでいられる状況でなく、体を揺らす口裂け女は、それを追走することなく、血走った眼で俺を注視したまま。 狩人を目前にして、いつ食いつかれてもおかしくない獲物のような心地で居たたまれなかったが、あえて見つめかえして。 「そうだ、俺は一人じゃないんだ」と己を奮いたたせながら、急いで頭の整理をしてアイディアを具体化していく。 雪のせいで走りにくくてか、そう距離のない回り道のはずが、なかなか背後に彼はお目見えせず。 「なにかトラブルや事故にあったのか?」とやきもきしだしたころ、やっとのご登場。 まあ、たっぷりの時間で考えを練りに練り、頭のなかで何回もシミュレーションをし、細かいところまで突きつめたり、調整や修正ができたし。 どうしても賭けの部分があれど、今、考えうるパーフェクトな口裂け女目くらまし計画だ。 店に近づいてきて頭を垂れているのは、待たせたのを申し訳なく思ってか。 もちろん俺は苛だっても怒ってもいなく「ありがとう、きてくれて。心強いよ」と肩に手をおいて、そのまま「屈んでくれ」とばかり指に力をこめた。 彼女から、できるだけはなれて、二人して屈みこみ内緒話をしたものを、口裂け女のそばで対彼女の作戦会議をするのはシュールなもの。 差し迫った状況ながら、その光景を俯瞰してみて、くすりとしつつ、ちらりと彼女を見やったなら、心なし不機嫌そう。 相かわらず俺から目を離さないながら貧乏ゆすりをするように雪を踏みつけている。 一瞬とはいえ、俺らがいちゃついているように見えて「このリア充め!」とやっかんでいるのかな?と思ったもので。 (彼の存在はリアルではないが・・・)
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