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謝罪より魚
昼休憩のチャイムが鳴り、いつものように鞄に手を入れようとしたところで、重大なミスを犯したことに気がついた。
まさかの緊急事態に、前の席で突っ伏している背中に声をかける。
「隼斗、隼斗、大変だ」
「んぁ?なに………ああ、もう昼休みぃ…?」
「ああ」
「んんんーー……よし、ご飯食べよーってあれ?龍ちゃん弁当は?」
「忘れた」
俺としたことが、やってしまった。
今日は元々引越しのために午前を丸ごと休みにしていて、昼食は済ませて午後から登校するつもりだった。だから今朝は弁当を作らなかったのだ。
痛恨のミスに龍一は打ちひしがれた。そんなことはつゆ知らず、腹の虫は容赦なく鳴ってひもじい。
「へー珍しいね?」
「くっ……購買にむすびはあったか?」
最低限、米だけは摂取せねば。
「あるけど…あれ行けばいいじゃん、食堂」
「しょくどう……?」
「うん初めて聞いた人かな? よーし行こ食堂!うわー俺も久しぶりに行く!」
意気揚々と隼斗に腕を取られ、龍一は無抵抗に連行された。
しょくどう……食堂!
「龍ちゃん何気に初めてじゃない?いっつも弁当だもんね」
「初めてだ。完全に存在を忘れていた。隼斗は行ったことがあるのか?」
「1年の時に何回か? 龍ちゃんとご飯食べるよーになってからは行ってないなぁ」
隼斗とは去年も同じクラスで、"其田"と"鷹藤"で席も今のように前後だった。
初めて会った時から、お世辞にも愛想がいいとは言えない龍一に、隼斗は何故かよく話しかけてくれた。きっと隼斗がいなければ、龍一は毎日の昼食を当たり前のように独りで食べていただろうなと、今になって思うのだ。元々独りは平気なタイプだが、人と食べる喜びを知った今では、そんな、あったかもしれない未来を想像すると俄然心寂しく感じるようになってしまった。
初めての食堂に足を踏み入れる。すると何故か四方八方から視線を感じた。一方で横を歩く隼斗は気にしてないようで、キョロキョロと席を探している。
「窓際空いてるのラッキー、ここにしよー」
「あぁ」
だが席へ座った後も、降り注ぐ視線は止まないままで。むしろ龍一が動かなくなったことで増したように感じ、加えてヒソヒソと何か言われている。
これにはさすがに異常だと、龍一は耐えきれずに前でメニューを眺めている隼斗に声をかけた。
「なぜこんなに見られる?俺は何かおかしいのか?」
「え?あぁ、俺と龍ちゃんが珍しいんでしょ。気にしないでいいよ。あっ俺ビーフシチューにしよー、龍ちゃんは?」
「俺は、米ならなんでも………」
「季節の焼き魚定食とかあるよ」
「ならそれを…………まさかずっとこの視線の中で食べなければいけないのか……?」
嘘だろう……?
あまりの居心地の悪さに思わず俯き気味になると、隼斗が「あー……」と声を漏らした。
「チッ、さすがにウゼェな……」
そして何か呟いた後、
「もう大丈夫だよー龍ちゃん」
「……一体何が起こったんだ?」
とても不思議なことが起こった。次に顔を上げると、先程までの視線の嵐が嘘のように消えていたのだ。
何かしたのかと思って前を見るが、隼斗は何事も無かったかのようにウェイターを呼んで注文をしていた。幻覚か?
「あ、そういえばさー今日の朝アレ来てたよ」
「アレ?」
「生徒会長の犬」
「犬」
ただでさえ困惑していた頭が更に混沌とする。
「なぜ生徒会長の犬が隼斗の元へ…」
そもそもここは動物を飼っていいのか?生徒会長の犬ということは、生徒会長が飼っているのか?確かに飼えるくらい部屋は広かったが……
気になることが多すぎる。
「いや俺じゃないよ、龍ちゃんに用があったらしい」
生徒会長の犬が、俺に……!?
「謝罪しにきたって言ってたけど、まーったくそんな風な態度じゃなかったしムカついたから追い返しちゃった」
「犬が……」
「てか謝罪ってことはアイツ龍ちゃんに何かしたってこと? は?何されたの?殺す?」
「レトリバー……ボルゾイ……ポメラニアン……」
プードルの線もある……
考えることを放棄して、龍一の脳内がすっかり生徒会長の犬の犬種で埋め尽くされていたその時、
キャアアアアアアアアアア!!!!!!
食堂内にけたたましい叫び声が響いた。
「!敵襲か!?」
「なんの? チッ、相変わらずうっせぇな」
すぐにハッと切り替え、龍一は携帯している伸縮するプラスチック製の刀を手に身構える。耳を塞ぎ辟易した様子の隼斗は、視線の先に何かを見つけ、より一層顔を顰めた。
「噂をすれば」
「……っ見つけた!!!!おいお前!!!」
「む?」
「こんなとこにいやがったのかてめ、ったぁ!?あぶねえな!?」
後ろから肩を掴まれた瞬間、刀で相手の首を押さえる。が、その顔を確認して目を瞬かせる。
「ん?昨日の赤髪?」
奇襲の相手はなんと昨日生徒会室にいた赤髪の男だったのだ。赤髪は龍一の手を振り払い、怒りを顕にした。
「あんだ急に危ねぇな!喧嘩売ってんのかてめぇ!」
「売ってない。すまない、間違えたようだ」
「何とだよ!? てめー急に殴り掛かりやがって、怪我したらどーしてくれんだぁ??」
「なに!?怪我だとっ、どこだ見せてみろ」
「っっしてねーよ触んな!」
してないのか、良かった。
安堵すると共にあたりを見回せば、すっかり注目を集めていた。チラチラ見られていた先程とは違い、今はしっかり見られている。少しうるさかったか。
龍一が騒がしくしてしまったことを謝罪し、気にしないで欲しい旨を伝えると徐々に視線は減っていった。
落ち着いたところでもう一度赤髪に向き合う。
「それで、何の用だ?」
「あぁ!?」
「なぜ怒る」
赤髪は舌打ちをした。そして顔を引き攣らせ、とても言いづらそうに話し始める。
「あー…あの、あれだよ」
「どれだ?」
「チッ、くそ……! だから!昨日のあれだよっ、色々言っちまって、わ、悪かったなっ」
「?あぁ、別にいいが」
龍一はよく分からないまま頷いた。特に悪いことはされた覚えはない。
「っっ、俺は謝ったからな!?確実に今、謝ったからな!?」
「??そうだな?」
「よ、よし!! ならいい!!」
そう言って赤髪は引き返して行った。
…結局何の用だったんだ?
首を傾げながら席へ戻ると、焼き魚定食が届いていた。途端に目を輝かせる龍一に、やり取りを見ていた隼斗は口を尖らせる。
「なんで?あんなん許す必要なかったのに」
「許すもなにも、俺は何もされてないからな」
「はぁーー……もぉーーー龍ちゃんは優しすぎるよーーー、そこも好きだけどーー」
「あぁ、あぁ。 なんて美味そうなんだ、もう食べていいか?食べるぞ。いただきます」
「あーーーくっそ目ぇキラッキラかわいーーーー」
「!?美味い! 隼斗も食べるか、ほら」
「不意打ちあーんとかマジで天使」
「美味いか?美味いだろ?」
「うん可愛い」
隼斗が感想を間違えるほど美味いのだ。わかる、わかる。それくらい美味い。
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