生徒会長と

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生徒会長と

腕時計を見ると、まだ時間に余裕がある。このままいけば本当に今日中に出せるかもしれない。 理想が現実になる予感に龍一の心は燃え始めた。 決して走ることはないが、龍一は気持ち速めに足を進めて生徒会室へ向かう。 重厚な扉の前に立ち、インターホンを押すとすぐに『はい』と返事がした。 「2年B組の鷹藤龍一と申す者です。生徒会長はいらっしゃいますか」 『要件は何ですか?』 「寮部屋の移動申請書類に必要な生徒会長の印を戴きたく参りました」 『……どうぞ』 扉が解錠される音がした。高校生相手にしてはえらく厳重なシステムだが、生徒会は学園きっての御曹司の集まりで構成されているので、防犯対策故にこうも警備が手厚いのだろう。 「失礼します」 龍一は扉を開ける。そのまま中へ入ろうとしたと顔を上げたところで、停止した。 「やあこんにちは」 その理由は明確で、てっきり座っていると思っていた生徒会長が扉を開けたすぐそこに立っていたからだ。加えて、にこやかな表情で挨拶もしてくる。 「……こんにちは。もしかして今から出るところでしたか?」 「いいや全く。ただ出迎えに来たんだ」 ケロりと答える生徒会長に、龍一はますます理解できなくなった。 せっかく施錠してインターホン越しに対応するという防犯対策がされているのに、その標的の中心人物がドアのすぐ側で出迎えたら、意味が無いのでは。 龍一は生徒会の防犯意識が少し心配になった。 「いつもはこうじゃないから安心してね」 「……すみません、口に出てましたか?」 「いいや出てないよ、何となくそんな感じがしたから。さあ立ち話もなんだ、こっちに座って」 龍一は勧められるまま応接ソファに腰掛け、生徒会長もその対面に座った。 それと同時に目の前にお茶が差し出される。 「こちらをどうぞ」 「いえ、長居するつもりは…」 「そんな寂しいことを言わないで。君は私の印が必要なんだろう? 印鑑はデスクの中にあるよ。でも生憎、私はもう腰掛けてしまったし…しばらく立ち上がりたくないなぁ」 生徒会長はわざとらしくそう言った。 「……⋯では、お言葉に甘えて」 「そうこなくっちゃ」 「お菓子もありますよ」 「そのフィナンシェは私のお気に入りなんだ、是非食べてみて」 仕舞いには美味しそうな焼き菓子まで出されてしまった。本当に判子を押してもらったらすぐに出ていくつもりだったのだが、しかし出してもらったものを粗末にするという行為は龍一の道理に反する。仕方がないのでいただくことにした。 お茶を出してくれた人を見ると、目が合って微笑まれる。龍一はその顔にどこか見覚えがあった。 「失礼ですが、名前を伺っても?」 「七瀬薫です。一応、鷹藤くんとは去年同じクラスだったんだけど…覚えてないかな?」 「!!七瀬か!いや、覚えている。だいぶ背が伸びたんだな、気が付かなかった」 「えへへ、そうなんだ。あれから10センチも伸びて」 七瀬は龍一が1年の時のクラスメイトで、隣の席だったこともあり、それなりに話す仲であった。しかし背も伸びて髪型も変わっていたので、龍一としたことがすぐに気づくことが出来なかった。それでも、眉を下げて笑った時の柔らかな印象は以前と変わらない。 それから二言三言言葉を交わすと、七瀬は自分の仕事へ戻って行った。 「そうか、七瀬と鷹藤くんはクラスメイトだったね」 「はい。とても雰囲気が変わっていて驚きました」 「あぁ。七瀬はここ2ヶ月くらいで急に背が伸びてね……もうすっかり私を追い抜いてしまったよ。前はこんなに小さくて可愛かったのにね」 生徒会長がおどけた調子で、座った自分の胸元くらいの高さに手をやって言った。 生徒会長のことは壇上に立っている姿を遠目にしか見たことがなかったが、その時と比べるとだいぶ違った印象を受けた。毅然とした態度で話す姿に、生徒会長らしい貫禄のある人だと感じた記憶がある。だが実際に話してみると、一般生徒の龍一にも気安い態度で接してくれ、いい意味で普通の人であった。 「世間話もこの辺にして本題に入ろうか。部屋を移動したいんだったね、部屋の設備に何か問題でもあったのかな? 今年に入ってから電化製品の故障が相次いでいると何件か報告があがっているんだよ」 「いいえ、部屋に関しては全く問題ありません。私の個人的な事情です」 「そうか……それは聞いても?」 「構いません。 実は、先日ルームメイトとのトラブルがありまして、私が彼に怪我をおわせてしまったのです。それでこれ以上共に生活することが出来ないと判断して、移動することにしました」 龍一が告げると、生徒会長は瞳を瞬かせた。 「確か昨日、欠席者がいたそうだが…もしかしてその子かな」 「おそらくそうです」 「そうか、なるほど…そういうことなら許可するよ」 「ありがとうございます」 「それにしても意外だな、いかにも聖人君子といった君でも人と揉めることがあるんだね」 「聖人君子など……お世辞でもやめてください。自分には分不相応です」 思わず眉を寄せてしまう龍一に、生徒会長が笑う。 「あはは、別にお世辞じゃないんだけど…謙虚だね鷹藤くんは。 印鑑を取ってくるよ」 立ち上がって窓際のデスクへ向かう生徒会長を横目に、龍一はそういえば出されたフィナンシェに口をつけていないことに気づいた。 食べてみると、生徒会長のお墨付きだけあって、とても美味しい。普段甘味をあまり食べず、食べても実家から送られてくる和菓子ばかりなので、バターの味を感じたのは久しぶりだ。そうするとなんだか無性に洋食が食べたくなった。夕飯はオムライスにしよう。 「はい、どうぞ」 「ありがとうございます」 生徒会長の印が押された紙が返ってくる。これで無事に提出書類が完成した。 思った以上に長く滞在してしまったが、用が済んだのでそろそろ帰ろうと思っていると、着信音が鳴った。 着信元は生徒会長だったようで、その場ですぐに電話に出る。 「はい、お疲れ様。 ───ん?なにが?そのままの意味だよ。 え?あぁ、そう、戻りたくないなら構わないよ。 いや?私は別にいいんだ、一応幸人に伝えておいてあげようと思っただけだし。 えぇ?知りたいなら戻っておいでよ、どうせもう近くまで来てるんだろう? だから言ってるだろう、私は別にどちらでもいいんだよ。ただまあ⋯来なかったらきっと後悔すると思うけど。だからはやく───」 バァンッ!! 「ええいまどろっこしい!!!!一体私が何を後悔するというんですか!!!!」
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