熱狂的ファン

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熱狂的ファン

勢いよく開いた扉の方を見ると、これまた生徒会長と同様に、龍一がいつしか遠目から見たことのある人だった。その人は一直線に生徒会長の元へ向かう。 「やあ幸人、来たんだね」 「来たんだね、じゃないですよ!!回りくどい言い方して呼びつけたのはアンタでしょう!! せっかくひと仕事終えてこのまま直帰してやろうと思っていたのに⋯!」 「だからだよ。まったく⋯そんなに堂々とサボり宣言をするのは幸人だけだよ」 「普段私をこき使いまくってる人がよく言いますね!?」 「あれ?顔が赤いよ。走ってきたからかな。ほらお茶でも飲んで休んで」 「いりません!!!これは怒りです!!!」 目の前で言い合いが始まって、龍一はすっかり帰るタイミングを逃してしまった。目配せだけしてこのまま退室しても良いだろうか。 悩む龍一をよそに、会話は続く。 「それで、多忙な部下の貴重な休憩時間を削らせてまで、わざわざ呼び出した理由はなんですか? まさかとは思いますが、ただからかっただけさ☆なんて言うものなら⋯今すぐ貴方の手首をへし折ります」 「なんて物騒なことを言うの、そんなことしたら仕事が出来なくなって、私の仕事を全て幸人にやってもらうことになるよ」 「⋯⋯チッ! もういいですさっさと言ってくださいほんとに帰りますよ」 「もうせっかちなんだから。 じゃあ後ろを向いてごらん」 「はぁ?後ろ?」 「いいからいいから」 「一体後ろに何があるっていうんで───」 怪訝な顔で振り向いた彼と目が合う。 龍一は座ったまま軽く会釈をした。のだが⋯ 「おや、固まってしまったね」 なぜか、目の前の人は石像のように固まってしまった。 それを生徒会長は楽しそうな顔でつんつんと指でつつく。 「あの、大丈夫ですか?」 「⋯⋯⋯⋯っは!!!!」 「お、動いた」 数秒して意識を取り戻すと、彼はそのまま後ろの生徒会長の胸ぐらを掴みあげ、今度は首が折れるんじゃないかというほど揺さぶり始めた。 「なぜ、彼が、こんなところに、いるんですか!?!?」 「揺らさないで、酔っちゃう」 「わかりました、貴方が嫌がる彼を無理矢理連れてきたんですね!?そうです、そうに決まっています!!でなければ彼がこんな陰鬱とした場所に来るわけがない!! ほんとに貴方って人は、なんてことをしてくれたんですか!!!!」 「わあ。人が冤罪にかけられる瞬間というのはこんな感じなんだね、勉強になるなぁ」 「呑気なことを言って!!今すぐ貴方の手首どころか首をへし折ってやりますよ!!!」 「待ってください、誤解です。私が自発的に生徒会長に会いに来たんです」 龍一の声に、ピタリと動きが止まる。龍一は立ち上がって彼の前に行き、改めて挨拶をした。 「挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。2年B組の鷹藤龍一と申す者です。今日は部屋の移動申請書類に必要な生徒会長の印を貰うためにこちらにやって来ました。なので生徒会長が無理矢理私を連れてきたのではありません」 「あ、は、はぁ⋯そ、そうですか、えぇ、えぇ、承知致しました。すみません取り乱してしまって、アハ、アハハハハ」 「ご理解頂けて良かったです。 ところで、私と以前お会いしたことがありますか?」 「へっえぇ!?!?」 龍一の顔を見てやけに反応を示したので、過去に面識があったのかと思ったのだが⋯そんなに驚くような質問だっただろうか。何故か再び停止してしまった。 すると乱れた首元を整えた生徒会長が、代わりに話し始める。 「彼は生徒副会長の早乙女幸人だよ。幸人はね、鷹藤くんのお父上、鷹藤永一様の大ファンでね」 「あぁ⋯父の。そうだったんですね」 「ほら幸人、いいのかい何も言わなくって。鷹藤くんが帰ってしまうよ?彼も暇じゃないんだから」 「あ、あぁ、えっと⋯⋯⋯⋯その、私、鷹藤永一先生の書く作品がとても大好きで。先月の個展にも行かせて頂きました。どれもとても素晴らしくって」 副会長はモジモジと手を合わせながら言った。 龍一の父、鷹藤永一はその世界では名高い書家であった。 資産家にはそういった芸術に関心のある者が多く、故にこの学園に通い始めた当初から、何人か生徒やその両親から龍一を通して父のファンであることを伝えてくれる人がいた。 そして龍一はその都度、父に代わって丁寧に対応していた。龍一自身、特に億劫だと感じたことは無く、こういうものは著名人の身内を持つ者の運命だと認識していたからだ。 「そうですか、父に伝えておきます。きっと喜ぶと思います」 「!?えぇっっそんなっ、め、滅相もないです」 「それだけじゃないだろう?お父上だけじゃなく鷹藤くんのことも日々ストーカーのように観察してるということも伝えておかなくちゃ」 「え?」 「ちょっと、誤解を招くようなことを言わないで下さい!!!!!」 生徒会長の発言に副会長の顔が赤く染る。龍一が何か言葉を発する前に、あたふたと弁明を始めた。 「ち、違うんですよ。鷹藤くんは剣道をやっていらっしゃるでしょう? そのことでですね、ある日たまたま、貴方が早朝に素振りをしている姿を見かけましてね。その、別に深い意味はないんですが、それからその姿を見ることが⋯えぇっと私朝が弱いので早起きするにもいいキッカケになると思いましてね、それで⋯はい⋯⋯鷹藤くんの素振りを見ることが、私の朝の日課になっております!!!」 「わあ開き直った」 懸命に言葉を紡ぐ副会長に、聞いていた龍一は一人腑に落ちた。 「あぁ⋯それで⋯⋯いつも視線を感じると思っていたんです。副会長だったんですね。悪意のようなものは感じなかったので特に気にしてなかったんですが、誰のものかを知れてすっきりしました」 「しっかりバレてるじゃないか」 「ひぃ!!私なんぞの羽虫めが、神聖な鍛錬の邪魔をしてしまってすみません!!」 羽虫とは⋯? 「いえ、全然大丈夫です。むしろ副会長に見られていると思うとより一層稽古に身が入ります。是非これからも早起きに利用してください」 「あぁ⋯あぁ⋯!!なんて慈悲深いお心!!感謝致します!!」 「完全に信者だねぇ。もはや恐怖映像だよ」 「さっきからアンタは一々五月蝿いです!!!手首折りますよ!!」 「この扱いの差が悲しいよ」 そう、龍一は幼い頃から剣道の心得があった。 かつては師範を伴って稽古をしていたのだが、学園で寮生活を始めたことでそれも難しくなり、加えてこの学園には剣道部が存在しなかった。そのため寮生活でも鍛錬を怠らないよう、休日はどちらとも、平日は3日ほど、早朝に自己研鑽としてランニングと素振りの自主練をするようにしていた。ちなみに、夜は筋トレで体幹を鍛えている。 「それにしても鷹藤くんの剣道の腕前は凄いそうだね。この前は全国大会で優勝したって聞いたよ」 「いえ⋯全国といっても、学生のみのものなので」 「いやいや、学生ってことは大学生も入ってるんでしょ。十分凄いじゃないか」 「そうです!! 準優勝は体育大の人ですよ、十分どころじゃありません、十二分です!!」 「なんでそんなことまで知ってるの?」 「はい?こんなのファンとして当然でしょう!」 「もうファンって言っちゃったよ」 まさか生徒会長の耳にも入っていたとは。知らなかった。 個人の大会であったので、龍一からは優勝したという簡潔な報告しかせず、学園の方も特に表彰などしなかったのに。生徒会の情報網が凄いのか、もしくは龍一を応援してくださっている副会長からの発信なのか。 「ありがとうございます」 どちらにせよ、人に祝われるというのは例えどんな事でも嬉しいもの。謙遜も過ぎれば毒となる。 龍一は素直に感謝を述べたのだった。
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