チョロくて可愛い

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チョロくて可愛い

それから1週間ほど経った頃。 驚くべきことに、もう寮の用意が出来たという知らせを受けた。 長くても2週間はかかるだろうと思っていたので、この願ってもない知らせに、龍一は大いに喜んだ。 ⋯はずだったが、 「どういうことですか?これは」 「いやぁ⋯俺も何が何だか」 受け取った紙に書かれている内容に、龍一とその通知を持ってきた森岡は互いに頭を捻る。 「一応聞くが、鷹藤はなんか委員に入ってたか?」 「いいえ無所属です」 「だよなぁ⋯⋯なら、なんでだ?」 「分かりません」 龍一はもう一度手元の紙を見た。 見間違えじゃない。何度見ても、そこには『椿寮』と書かれていた。 学生寮は、『桜寮』『藤寮』『楠寮』『椿寮』の4つに分かれている。そのどれに入るのかというのは、最初の入寮時にランダムに割り当てられ、龍一が今いるのは楠寮であった。 しかし、ランダムといっても例外がある。それが椿寮だ。 椿寮は主に生徒会や風紀、その他委員会のいわゆる"役職持ち"と呼ばれる生徒が入る寮だった。3つの寮から少し外れたところにあり、噂によれば内装や設備などが他3つとは比べものにならないほど立派だという。 「何か手違いがあったのでしょう」 龍一は委員会はもちろん、部活動もしていない、紛れまもない無所属だ。だからこれは手違い以外の何物でもなかった。 「かもなぁ」 「それ以外ないでしょう」 1週間などという最速スピードで処理したのなら、無理もないのかもしれない。 「ま、分かんねぇけど⋯いっぺん確認した方がいいだろうな」 「はい」 ただの打ち間違えならいいのだが、もし龍一に関する情報の伝達ミスだとしたら困る。今の部屋を出た後に住む場所がないというのは、何としてでも避けなければならない。 休み時間、隼斗にこのことを知らせると、何故か隼斗はとても喜んでいた。 「龍ちゃんと同じ寮とか嬉しすぎんだけど!」 「いや、喜んでくれるのは嬉しいが、おそらくこれは」 「やばぁ!てことはお泊まり出来んじゃん!」 手違いだぞ、という龍一の声は狂喜乱舞している隼斗の耳には届かない。 まったく、仕方がない。龍一はぬか喜びする隼斗の頬を両手で挟んでこちらに向かせた。 「話を聞け。 いいか、俺は隼斗のように委員会に所属していない、ただの一般生徒だ。だから俺が椿寮に入ることは有り得ない。この通知は誤りで、今日この後俺はその確認に行くところだ。つまり隼斗がそんなに喜んでも、俺が同じ寮に入ることは⋯⋯⋯⋯⋯おい、聞いているのか?」 「へ⋯⋯てうわぁ!!!! ちっっか!!ちっかいって!!!」 「むっ、痛い」 心ここに在らずという感じで話を聞いていないようだったので、龍一がより一層顔を近づけて尋ねると、その顔をピシャリと押し返された。結構な勢いで押された額がジンジンする。 「マジやめて急に可愛いことすんのマジで心臓バクバクなんだけど無理ぃ⋯あんな距離もうちょいでチューできそーだったしつかしとけばよかった、いやでも人目もあるし⋯」 と思えば顔を伏せてブツブツと喋るとは何事か。 「何を言ってる、聞こえない」 「しかも拗ねた顔かわいーしもおーーーーーーー」 「拗ねてない」 少し顔が痛かっただけだ。そもそも拗ねたら可愛いとはどんな因果関係だ。 たまに隼斗はこうして会話ができなくなるので困る。 結局話を聞いていたのか聞いていないのか分からないが、とにかく 「俺は椿寮には入らん」 「えーーなんでーーいーじゃん別に」 「そういう問題じゃない、そもそも入れないだろう」 「大丈夫だってー、どーせしれっと入っても気づかないよ」 「入らん」 「えー⋯⋯じゃあお泊まり出来ないじゃん⋯」 しゅんとした顔で言う隼斗に、龍一は首を傾げた。 「別に泊まりは同じ寮じゃなくとも出来るだろう」 「そうだけど今まで1回もいいって言ってくれたことないじゃん⋯」 その言葉に龍一はうっとなった。 今までに何度も、一人部屋の隼斗からこの手の誘いは受けていた。しかしその度に龍一は自分のルーティンを崩したくないと言って断ってきたのだ。これは建前ではなく本当のことなのだが、そんなにも悲しげな顔でそこを突かれると罪悪感が湧いてきてしまう。 「やっとお泊まり出来ると思ったのになぁ⋯」 「⋯⋯⋯」 「はぁ⋯お泊まりしたいと思ってるのは俺だけなんだ⋯⋯」 「⋯そんなことは、」 「じゃあお泊まりしてくれる?」 「⋯⋯⋯」 「そっか⋯⋯俺、龍ちゃんとは結構仲良しだと思ってたんだけどなぁ⋯やっぱり友達だと思ってたのは俺だけなんだ⋯⋯」 「隼斗⋯⋯」 憂いを帯びた表情で作られる微笑みの、なんと憐れなことか。まるで捨てられた仔犬のようじゃないか。 こんなことを言わせてしまうとは、友人失格だ。龍一は反省し、ようやっと頷いた。 「しよう」 「⋯え?」 「お泊まりだ。しよう」 「え、えっ!いいの!」 「あぁ、二言はない」 「うわー!やったー!!」 大袈裟に思えるほど喜ぶ隼斗の姿に、龍一はそんなにしたかったのか⋯と思うと同時に、もっと早く了承してやれば良かったな、とも思った。 「チョロいなぁ⋯龍ちゃんは」 「なにか言ったか?」 「ううん、龍ちゃんはかわいーなと思って」 「意味がわからん」 だからか、うっすらと笑った隼斗の言葉は聞こえなかった。
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