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間違いはない
龍一は寮長室を出た後、すぐに歩き出した。向かう先は、生徒会室である。
今回の件について、寮長の答えは「分からない」だった。寮全体の管理を任されているのが寮長だが、その生徒がどの寮に入るのかを決める段階では、基本的には介入し得ないのだという。そしてその決定権を持つのは生徒会と風紀委員会らしく、龍一はそれならばとまずは生徒会の方へ向かっている次第であった。
インターホン越しに名乗ると、それだけで扉の開く音がする。話を聞いた寮長の厚意で、龍一が向かうことを事前に生徒会側へ連絡してもらったのだ。
「やあ、先週ぶりだね」
「こんにちは」
この間とは違い、生徒会長は席に座ったまま出迎えた。いや、この間がおかしかったのだが。
龍一は挨拶をし、生徒会長の元へ歩く。左側から、チラチラと視線を感じた。今日はこの前よりも役員の数が多いらしい。
龍一が向かい合うと、要件は寮長からの連絡であらかた察していたのだろう、生徒会長はニコリと笑って言った。
「今日通知が行ったと思うけど、なにか不備でもあった?」
「はい。こちらをご覧ください」
龍一は今朝届いたものを差し出した。生徒会長はその紙をふむ、とじっくり見て、そして
「特に問題はないな」
こともなげに言ってのけた。
「はい⋯?」
そんなはずがない。龍一は返却されたプリントを見た。⋯やはり間違いなく書いてある。
龍一は再度そこを指さした。
「ここに、椿寮と記載されています」
「うんそうだね、椿寮と書いてある」
「はい。ですので訂正をお願いします」
「なんで?」
「なんで、とは」
不思議な顔で問いかける生徒会長に、龍一は困惑を極めた。
「私は委員会に所属していません」
「そうだね、鷹藤くんは無所属だね」
「はい⋯」
龍一の言葉を繰り返し頷くその顔は、さも当たり前だろうと言いたげだった。もう訳が分からない。
そんな龍一の困惑を見てとった生徒会長は、ついに耐えきれないと言った様子で吹き出した。
「はは、ごめんごめん。ちょっと楽しくなって。君は幸人以上にからかいがいがあるかもしれないな」
「っっ……あぁもう我慢なりませんっ! さっさと言え、こんのバ会長!!」
「痛っ」
ガタリと立ち上がった副会長は、生徒会長の頭を横から書類の束で叩いた。
「ぇ…」
まさかの展開に龍一は瞠目するが、生徒会長は気にしていないようで、頭を擦りながら朗らかに笑っている。
「すごい音がしたよ今。頭凹んだんじゃない?」
「いいえ全く、憎たらしいほどの球体です」
「そう?なら良かった。 幸人、そうやってすぐ手が出る癖はよくないよ。まったく⋯一体どこで育て方を間違えたんだろう」
「はいぃ??あなたに育てられた覚えはありませんが!?」
「ほらすぐ声を荒らげる」
「ふんっ、ならあなたは一々回りくどくする癖をどうにかすべきではないですか??ほら見てください、鷹藤くんが呆れ返っています」
「え、ほんと?ごめんね鷹藤くん」
「いえ⋯」
ただ2人の軽快なやり取りについていけなかっただけである。
龍一は、状況を整理する為にもう一度手元の紙へ目を落とした。そこは何度見ても"椿"と書かれている。
これが間違いでは無いということは、どういうことだ。まさか⋯いや、さっき生徒会長は龍一が無所属であると知っていた。なら、なぜ⋯?
無言でプリントを見つめ、思いあぐねる龍一の心を見透かしたように副会長が助言を加える。
「鷹藤くんが不思議に思うのも無理ありません。椿寮には今現在、我々のような"役職持ち"しかいませんから」
「今は⋯ですか」
「そう、今は⋯というか今までは、かな。 そもそも椿寮には役職持ちしか入れないなんて決まり、存在しないからね」
え⋯
「そうなんですか?」
「ないない。役職持ちとか言ってただの委員会だよ、そんな権限ないから」
「⋯⋯」
⋯世の中の一般的な学校の委員会とは、人も役割も責任の重さも似て非なるものだと思うが。
しかし、決まりが存在しないというのは初耳であった。森岡を初めとした教師陣の中でも、知らない人が多いだろう。
「まあそういう認識が広まるのも無理ないけどね。 元々、人気生徒を保護する目的で作られたらしいし。そしてそんな人気生徒には役職持ちが多い」
「人気生徒って⋯自分で言います??」
「えー事実なのに? 学園一の規模の親衛隊を持つ私が言わないと、他の子達の立つ瀬がないでしょ?」
「⋯なぜこんな嫌味な人間が1番人気なんでしょう。ここの生徒は見る目がない」
「ふふ、何故だろうね。今度の茶話会で聞いておくよ。幸人が不思議がっていたよって」
「ふん、お好きにどうぞ。もう貴方の親衛隊には恨みという恨み全てを買っていますから。 ⋯てもう!また話が逸れましたよ!一体あなたは何度鷹藤くんを放置するんですか!」
「棚上げがすごいよ幸人」
やれやれ、と生徒会長が肩を竦めた。2人はとても仲がいいようだ。
「ごめんね鷹藤くん。つまりだ、役職持ちでなくとも椿寮に入寮できるから、その通知は間違いじゃないんだよ」
「⋯それは、分かりました。しかし⋯この学園の殆ど全ての生徒がそういった決まりが存在すると思っています。突然私が入寮することで波風を立てたくありません」
教師ですら知らないのだ。そんな中で無所属の龍一が椿寮に入れば、どうなるかは想像出来る。1日も経たずに、学園中は龍一の入寮に疑問を持つ生徒で溢れかえるだろう。
最も避けたいのが、生徒会と風紀委員会が龍一を特別扱いしたと、批判の矛先が彼らへ向いてしまうことだった。学園で最も影響力の持つと言われる組織のうち、そのトップの2つが関わっているのだ。多かれ少なかれ、批判は出てくるだろう。
加えて、龍一自身もそんな渦中の人にはなりたくなかった。出来ることなら今まで通り平穏に過ごしたい、と言うのが龍一の囁かな願いだった。
「うん⋯君ならそう言うと思ったよ」
「ならば、」
「でも今から寮を変更することは出来ないんだ。入寮してから最低1ヶ月は経たないと」
そんな、と思う間もなく副会長が噛み付いた。
「だから言ったんですよ⋯!!ちゃんと鷹藤くんに話しておきましょうって!真面目な彼が喜ぶはずないってあれほど⋯!!!」
「うん、そうだね。今回ばかりは幸人が正しかったな」
「大体いつも私が正しいんですよ!」
生徒会長は苦笑いして、それから龍一に向き合った。
「だから鷹藤くん⋯申し訳ないけど、せめて1ヶ月だけは椿寮で生活してくれないかな⋯? 私は、この凝り固まった学園の常識を少しづつ変えていきたいと思っていてね。 それで鷹藤くんに協力して欲しいんだ。頼む。勝手なことだと言うことはわかっているよ。 もしそれによってこの先、君に降りかかる災難があれば、私が全て取り除こう。約束する」
誰かが聞けばまるでプロポーズのようなセリフを吐き、生徒会長は龍一に真剣な眼差しを送る。副会長も同様だった。
当の龍一は、まさかここまで真摯に頼まれるとは思わず、決断の縁に揺れた。
「贅沢なやつ」
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